笑い話にもならない

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白い壁に囲まれた部屋、清潔に保たれている白いシーツ、窓から入る強い日差しはカーテンで遮られ、空調で管理された空間は蝉の鳴く声もどこか別世界のようだった
モニターから発する電子音と穏やかな寝息しか響かず、時々通る足音が現実の世界に繋がっていることを知らせている

シーツに包まれゆったり上下する身体は小さい、部活帰りに薄汚れた路地裏で血まみれでボロボロの子供を見つけたとき「またか」と思った、此処で誤解してほしくないのは私が死体を見慣れているような特殊な人間じゃなくて、今の時代子供は誘拐犯か幼児趣向の変人の餌食にしかならない、つい先日も幼い子供が餌食になり無惨な死体で発見された。『救急車』ではなく『処理車』に通報しようとしたところで、小さな身体が微かに動いた、そこで漸くまだ生きていることに気がついて『生かす』方に連絡した。
救急隊員に付き添いの方ですか?と問われ頷いてしまい病院まで同行したけど、倒れていた状況しか解りませんと応えれば、救急隊員も慣れたふうに[ZF]とカルテに書き込んだ

出血の割に内臓になんの損傷なく、腕の骨も綺麗に折れていたため速く回復するだろうと医師が言っていた、患者が無事だった、それこそ医師にとって1番喜ぶことなのに表情が雲っているのは、この子供の末路を心配しての事



「点滴交換にきましたー」

扉が開き、背の高い看護士が新しい点滴バックと古いモノを交換する、次に子供の体温、脈拍血圧をチェックすると悲しげに目を伏せた


「大丈夫ですよ、無理しないでくださいね」

「…どうも」



また、様子を見にきますねとマニュアル通りの事を言って看護士は去っていった。私はこのままでいいと思ってる、目覚めて身寄りがないと判れば『あそこ』に送られるだろうし、そこに送られるくらいなら目覚めないほうがずっといい。


ドタドタ


「こーらーっエルさんっまた廊下を走ってぇっ」

「うげぇっ見つかった!」
「うげぇとはなんですかっ今日こそ婦長に叱ってもらいますからねっ」



「‥‥‥はぁ」


騒々しい足音と毎回捻りがないやり取りにただでさえ付き添って疲れているのに頭痛までしてきた。
知り合いなんて思われたくないけど、少なくともここの婦長と売店で私たちはセットで数えられている


「やっほー俺の愛しきマイスゥィートエンジェル、今日も可憐に華やかに可愛いね!!」

「‥‥‥煩いわよエル」

「っなんて事をアイリスっ俺の無限にあるアイリスへの気持ちを少しでも伝えているっていうのに、やっぱりアイリス俺と結婚しようよ」

「なんでそうなるのよ、それよりアイスは?」

「アイリスの買い物を忘れるわけないだろ?ほら」


隣の椅子に腰掛けながら揺れるレジ袋から『ピリ辛つぶあんレモンスパークリンググレープ味』を差し出すエルの頭は看護師とのやり取りを払拭しているだろうアイス代には釣り合わないけどお小言くらいはもらっておいてやろう


「起きないね、」


自分のソーダアイスをかじりながら、上下するベットを眺める
ここに来たときベットは機械に囲まれていたけど、点滴と心電図の電極のみ
それだけ時間がかかっているのに目を覚まさない脳の検査でも異常なく
きっかけがあれば意識も戻りますよ、と
言っていた
なんとなく、なんとなくだけどアイリスは子供はこのままのほうが幸せなんじゃないかと思っていた
清潔なシーツに包まれて夢をみていたほうがきっと
揺れるカーテンの隙間から見える白亜の王宮が
群青と黄土をぶちまけた空に映える
あそこだけは汚れきったこの世界で唯一穢れを知らない

「ここは地獄ね」
「天国だよ、アイリスがいるからね」
「馬鹿」
「馬鹿でいいよ」

カーテンを揺らした風が少年の髪を撫でる、指通りの良さそうな若草色が頬に掛かったとき目蓋がぴくりとし、ゆっくりと開く
2、3瞬きをし、ぼんやりと周囲を見回す
視界に映ったアイリスがベットに近寄り髪を払う
「、よかった、目が覚めたのね」
「……こ、こは?」
「病院、倒れてたときのこと覚えてる?」
「…………覚えてない、なまえ」
「ああ、私はアイリス、でこっちはエル」

振り返った先で軽く手を挙げアイリスに向かって微笑む、その様子にアイリスはむっとしたがエルに言っても無駄だと思っている、少年は深刻な顔のまま呟く

「ちがう、ん、ああ違わないけどちがう」
「え?」
「ぼくは、だれ?」
「え?ええ?」










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