Dream-NovelU

□跡部夢
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鞄には入らず、右脇の下に抱え込んだスケッチブックを広げる

筆箱に入った一本の2Bの鉛筆を
取り出して、

目の前に置いたそれに、
視点を合わせた。


「白のバラかよ」

「・・何か文句でも?」


背後から覗き込んで
来た影に驚きつつも、

その声と言い振りに
直ぐ誰だか分かった私は

少し視線を鋭くして振り返る


(多分この学校の人間なら嫌でも誰だか分かるだろう)


けれどそれを物ともせずに、私の隣の椅子をひいたその人は

相変わらず偉そうに、

そして無駄に色気を持った動作で椅子に腰掛け

長い足を組んだ


「だって白なら、あんまり色塗らなくて済むじゃん」

「フン、お前本当に駄目な奴だな」

「うるさいな、大体跡部は何でこんな所いるのよ?課題終わってない訳じゃないでしょ?」


そもそも、美術部でもない私が、
こうして放課後の美術室に足を運んでいるのは

風邪で休んだせいで、

授業中に完成させる絵の進行具合が遅かったため

休んだ分を補おうとしているだけ


それに比べこの俺様何様跡部様は、テニス部の有名な部長で

美術室に用があるとは思えないし

ちなみに欠席なしの
皆勤賞優良候補だ。


「生徒会として来たんだよ。美術部に頼んだ物の進行具合を見にな」

顎でこっちだ、と言われた場所には、今年の文化祭のスローガンが書かれた

描き途中の立て看板と、

その作成に使っていると思われれる色とりどりのペンキが見えた


あぁ、そう言えばテニス部の有名な部長は有名な生徒会長でもあった

ちゃんと真面目に仕事してるんだ、何ていう失礼な事をぼんやりと考えた


「描かなくていいのかよ」

「・・描くよ」

その言葉に現実に帰り、渋々ペンを取る

そういえば下書きは大体終わらせていたな、と

私は持ってきた
絵の具を取り出した


「白の、理由なんだけどね」

何となく言葉を漏らせば、跡部がこっちを向いたのが分かった

私は顔は上げず、絵の具の用意をしながら言葉を続ける


「私のね、想い人が清楚な人が好きなんだって」

「・・で?」

「清楚と言ったら、白じゃない?」

「はっ、くだらねぇ理由だな」


(まださっきの方がマシな理由だ)

と、馬鹿にした口調で
跡部は言った

いつもだったら突っ掛かっている所だけど、

何となく予想していた反応だったから敢えて反論はしない



「大体お前は絵の印象だけで女を選ぶような男でいいのかよ?」

「まさか。でも印象なんて、そんな些細なものの積み重ねでしょ。」

(それか、きっかけになるかも知れないって言う、淡い乙女の期待)

そう言えば、また馬鹿にした口調で何かを言われるのかと思えば

隣の彼は黙り込んだまま。


不審に思って

『跡部・・?』

と呼びかけ横を見たが、

彼は非常に難しい表情を浮かべ眉をしかめている


そして何を思ったのか、スケッチに使っていた

白のバラを手に取ると、いきなり歩きだし

出しっぱなしにされていた赤のペンキに、そのバラを突っ込んだ



「ちょ、ちょっと・・!」

思わず駆け出し彼の元に行けば、彼の手の中のバラは

清楚な白から、ひどく人工的なきつい赤に変わっていた


それを、

(あっ、何だか綺麗)

何て馬鹿な事を考えている間に、

彼は軽く薔薇を振り、余ったペンキを落とし


ご丁寧にも、机を汚さないよう新聞紙をひいて、

さっきと同じ場所に花を戻した


「やっぱり薔薇は赤に限るな」

「何してくれてんのよ」


赤くなった薔薇と、
スケッチの中の白い薔薇

それを見比べ、非難の視線を隣の彼に向けたけれど

彼は構わずに満足げな表情で薔薇を見ている



「赤の薔薇なんて、跡部みたいじゃん」

「あーん、だからいいんだろうが」

(これもきっかけ、の内だろ?)

そう、机に腕をもたれかけこちらを覗き込んだ彼は

とても楽しげに、

けれどいつもの余裕は無くさず笑いかけて来た


それに柄にもなく胸が高鳴ってしまった私は、また柄にもなく困惑し

とりあえず、使う予定がなかった赤の絵の具を

パレットに多めに出した


【アイデンティティーの赤い花】


(水を含んだ筆を落とせば、た易く白は赤に侵食されて)

(嗚呼、私の心みたいね、なんて)

.........
素敵企画
『さみしがりのメリーウィドー』様に提出させて頂きます

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