八犬伝

□トリック・オア・トリック?
1ページ/1ページ


めんどくせーな、子どものおもりって…




目の前では子供たちが鬼ごっこをしている。
ただ、それを見ているだけだが、信乃的には教会の子供たちのおもりをしているつもりだ。


ひょっとして、俺、いなくてもいんじゃね?と思ってしまうが、今この場所を離れたら後で荘介の雷と、ばあさんシスターズのわざと表に出す影口が降ってくること間違いなしだ。

仕方なくぼーっと見ていると、ふいにツンツンと袖を引っ張られた。


「信乃先生?」

「ん?どうした?佳穂」

「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞー」

「・・・は?」


佳穂は“ガオー”というような手の形をして、じっと信乃の様子を伺っている。





え、何?



俺、これ何か言わないといけないの!?


「ごめんな、俺、今お菓子持ってねーんだ。えっと、とりあえず、荘介んとこ行ってみよーぜ」

「うん!」



よし!頼んだぞ、荘介!!


ーーーーーーーーー

「荘介ー」

教会へ入ると、荘介は祭壇の拭き掃除をしていた。

「そうすけ先生、お菓子をくれないとイタズラするぞー」

「・・・」


ふっ、やっぱ分かんねーよな。
俺に分からないことが、あの荘介に分かるわけ…

「あぁ、今日はハロウィンでしたね。はい」

そう言って、荘介はポケットの中から飴玉を取り出し、佳穂の手の上に置いた。

「ありがと、そうすけ先生」

佳穂 は嬉しそうにお御堂から出て行った。

「そうすけ……」

「はい?」

「はい?じゃねーよ!どうしてお前知ってたんだよ!俺には何も分からなかったぞ!!」

「あー、お御堂で騒がないでください。響きますよ。
今日はハロウィンという日で、子供が今の佳穂ちゃんが言ったような言葉を大人に言うと、お菓子が貰えるという日らしいですよ」

「へぇー…」



俺も帰ってからやってみようかな……。



ーーーーーーーーーー

「里見ー」

「信乃。また何かやらかしたのか?」

「俺、そこまで問題児じゃねーぞ?」


すると、里見が手を止めてゆっくりとこちらを見た。



やっべ、これ、説教される時の空気だ…。


「んなことよりさ、里見」

「なんだ?」

すぅっ、と息を吸って、やや皮肉笑いを浮かべながら言う。

「お…お菓子を、く、くれないとイタズラ…するぞ??」

「・・・。」

里見は一瞬フリーズしたかと思うと、またすぐに仕事を始めてしまった。

「おい!ここはお菓子をくれるとこだろーが!」

「いや、とてもイタズラをされるような雰囲気ではなかったから…」

「恥ずかしいんだよ!ガキみてーじゃねーか!!」

「ガキだ…」

「ガキじゃねー!!!」

一連の流れが終わった後、里見が立ち上がり、ポケットから財布を出し、小銭を差し出した。

「これで買いにいってこい」

「え?1人で…?」

「もちろんだ。俺は忙しい」



そう言って渡された小銭は、信乃の手の中で異常にひんやりとした。











「…分かった」












ちぇ、なんか、全然思い描いてたのと違う…。




俺は里見から欲しかったのに、これじゃあ小銭から貰ったみたいじゃねーかよ。











信乃はとても暗い表情で屋敷を後にした。








「ね、莉芳。ほんとはしーちゃん、莉芳と買いに行きたいんじゃないかな?」

いつからいたのか、要が足を組んでソファに座りながら聞いた。

「俺はいま忙しい」

「ふーん…」

すると、要は微笑を浮かべて言った。

「あ、でも、今日は帝都は結構邪悪な気配がしてたかな?
妖たちもハロウィン満喫中だったりして?
しーちゃん、大丈夫かなぁ?」

「・・・行ってくる…」

そう言うと、里見はスタスタと部屋を出て行った。

「やっぱり親バカだよねー」

「いえ、あれは過保護過ぎるのでは?」

「あ、やっぱり銀狐もそう思う?」







その頃、信乃は帝都の駄菓子屋にもう30分以上も居座っていた。

里見から貰ったお金ならたくさんあるのに、いつもなら全部買い占めたい勢いなのに、今日見る駄菓子屋のお菓子は全ておいしくない、プラスチックのように見えた。











里見のバカ…











考えてしまうのはそのことばかりで、全くお菓子に手が伸びない。

仕方なく駄菓子屋を出て他を周ろうと外に出ると、いきなり真横に里見が現れた。

「えっ?なんでいんの!?」

「選び終わったか?」





いや、そんな何事もなかったかのようにされても、俺、今かなりパニクってんだけど・・・




「えっと、仕事は…?」

「今日は妖が活発らしい。
ここでどっかの馬鹿がカラスを使って喧嘩なんか起こされたら、仕事どころではないからな」

「おい、該当する人物1人しかいねーぞ」

「ところで…」


そう言うと里見は俺の空っぽの手を見た。

「菓子は買わなかったのか?」

「えっ?あぁ。今から買おうと思ってたとこ」











……ウソだけど。










ほんとは里見と周りたかっただけだけど……。











「そうか。
…それなら、一緒に行く」

里見が俺の頭をぽんぽんと撫でた。







それだけで、










あったかくなる。








「里見ってさ、どこかお兄さんっぽい雰囲気あるよな」

「…どういう意味だ?」

前を歩いていた里見がやや振り向く。
その隙を狙って俺は里見の手をとった。
里見は少し驚いた顔をしたが、また俺の手を握ったまま歩き出した。


「んーと、頼れる、というよりは…安心できるってかんじ」

「俺といて安心するなんて言われたのは初めてだな」

「そうなの?要は?」

「あいつは俺にトラウマがあるからな」

「そーだった…」









これだ……。










こんな、他愛ない会話すらも、俺の中では大切な思い出になっていく。










こんな会話をしている時間すらも、幸せだと実感できる。











この時間、全てが愛しい…。










「信乃、」

「ん?なに?」

「ついたぞ」

気付くと、目の前にはお菓子屋が建っていた。
店の中に入り、美味しそうなお菓子をたっぷりと時間をかけて選び抜いていく。

一通り買い占め、外に出ると、空はもうオレンジ色に染まっていた。

「そーいや、里見。
仕事は?」

「大丈夫だ。」

いつもなら忙しいと言うはずなのに、里見は大丈夫と言った。

「…忙しいんじゃなかったのか?」

悪いことをしたかもしれない。

里見だって忙しいはず…

「いや、別に…」


里見は信乃の目を見ずに言う。


「・・・」



怪しい……。



「もしかして、忙しくなかった、とか?」

「わたしは仕事で忙しい」

「おい! “わたし”って、動揺しまくってんじゃねーかよ!
ホントはいつもあんま忙しくねーだろ!?」

「帰るぞ」

「おう…」




あ、あれ?


流されてる…?





ーーーーーーーーーー

その日の夜、里見は徹夜で仕事をしていた。

「ごめん、里見!
その、お詫びに、これ…」

俺は里見に、クッキーを渡した。

形はハートの右半分。

「左半分は俺が食べたから」

「いいのか?」

「…うん」

すると里見はクッキーを皿の上に置き、立ち上がって俺の隣で、俺の目線に合うように屈み込んだ。



「信乃、“トリック・オア・トリート”って知ってるか?」

「あれだろ?
お菓子をくれないとの英語版」


「じゃあ、“トリック・オア・トリック”は?」

「なんだよ、それ。
聞いたことないぞ?」













「お菓子をくれてもイタズラするぞ、という意味だ」













すると里見は俺の両手首を掴み、ぐいっと自分の方へ引き寄せ、












キスをした。












里見の首にかけてある十字架が胸元にあたり、ひんやりとしたが、一瞬で里見の体温によって温かくなる。







「んっ、ちょっ、お前!
なにして…」





そっと人差し指を唇に添えられ、耳元でささやかれる。







「クッキー、ありがとう」




「っっっ…
もう寝る!おやすみ!!」

「あぁ」


恥ずかしくなり、急ぎ足で部屋の外へ出る。


とても里見の顔を見る余裕など無く、下を向きながら扉を閉めた。









信乃が出て行った後、里見は、我ながら大人気ない、と思いつつ机に戻った。


一口クッキーを食べてみる。



「…甘い」



クッキーの上には、小さな赤いゼリーと金箔が乗っかっていた。




自分と信乃みたいだ、と1人で笑ってしまった。











バーカ、バーカ、里見のバーカ!!!!




なんだよ、あんな時だけイケメンぶり発揮しやがって…!!


ズタズタと足を踏み鳴らして部屋に入ると、荘介に驚かれた。

「信乃、うるさいですよ。
何かありましたか?」

「な、なんでもねーよ!!」

















俺だって里見が好きだ、アホ!!










風邪ひく前にさっさと寝やがれ!!!














**fin…****

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ