八犬伝

□この世界
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「はぁ、暇だなぁ…」


今日は現八さんたちは仕事で、毛野さんも出かけてしまった。
それで、古那屋には仁1人がコタツの中に残っていたのだ。

本日三度目のため息をつき、本日二個目のみかんを剥き始めた。

すると、いきなり襖が開いた。
そこから出てきたのは信乃である。

「あ、信乃。いらっしゃい」
「いらっしゃいって…、お前、だらけすぎだろ」
「ははは。でも暖かいよ。みかんもあるし…」
しばし信乃は迷い、コタツに入る。


やっぱ、2人だとあったかいな。


2人でしばらくみかんを食べていると、ふいに外にちらつくものが見えた。

「見て!信乃、雪だよ!!」
つられて信乃も外を見る。


ぼたぼたとした雪ではなく、軽く、鋭く、そして、とてもとても綺麗で冷たい雪。

しんしんという音が聞こえてきそうなほどだ。


「これは、雪姫が降らせてるな」
「へぇ、雪姫の雪、初めて見たよ」


信乃は縁側に出て、じっと空を見上げた。



「本当に、綺麗だよな…」


信乃の口から吐き出される息が一瞬で白くなり、灰色の空に溶けていく。
それに夢中になって、信乃は空をずっと見上げていた。




僕は、気付くと口を開いていた。







「信乃ってさ、可愛いよね…」








すると、信乃の動きが一瞬止まった。


ゆっくりと、こちらを振り向く。







そして…








「誰が可愛いんだよ!!!」


そして、殴られた…。

「いってぇ……」

「おい!信乃。友達を殴ったらダメだろ?」
声がしたほうを見ると、丁度帰ってきたように見える現八がいた。

「いや、うん。マジでごめん…」
信乃が苦笑いをする。

「ん、信乃。来てたのか。今夜うち、鍋なんだけど、食ってくか?」
「あ、小文吾! マジで!?食ってく!!」
「よし、じゃあ待っとけ!」
そう言い、小文吾は張り切って食堂へ向かった。

「お。信乃じゃん。暇なの?」
「お前に言われたくねーよ!毛野!」
毛野がニヤニヤと信乃を見下ろす。

「あら、おチビちゃん。コッチにいたのね」
「んぁ?楓か…」
「ん?どうしたのよ。私の後ろに何かいる……ぎゃぁ!!」
楓の後ろを見ると、メグが楓の尻尾を噛んでいた。
「ちょっと、離しなさいよ!」
楓がメグをぐりぐりしていると、ドタドタと足音が聞こえてきた。

「ん?きゃあ!!!」

楓が空に吹っ飛ばされる。

蹴られたのだ。

そして、楓を蹴り飛ばして部屋に入ってきたのは壮介だった。

「信乃、信乃はいますか?」
「壮介!」
「信乃! だから外に出る時は俺に言ってからって…」
「それより、壮介!今から鍋食うんだよ!一緒食べようぜ!」

「おーい、鍋出来たぞー!
ん?壮介。お前も食ってけ!」
小文吾が鍋を持って部屋に入ってくる。

「鍋ですか。いいですね。いただきます」
「おし、じゃあ準備するぞ。
兄貴、皿出してくれ」
「おうよ」

「あら、ここ、どこ?」
「あ、楓さん。すみません。俺、蹴飛ばしてしまって…」
「な、なんですって!?」


仁から見て、目の前で起こっている出来事は、“にぎやか”の一言だった。


「おい、仁。お前も皿並べてくれ」
「あ、はい!」

現八に皿を渡され、机に並べていく。








さっき、雪の中で信乃を、どうして可愛いいと思ったのだろう?








もしかすると、僕は信乃の事が好きなのかもしれない。









でも、この“好き”は、華月や葉月への“好き”とは違う気がする。

小さい頃から山奥で暮らしてきた僕には、こういう感情はあまり分からない。







でも、たった一つだけ、言えることがある。
















僕が人を好きになったのは、













信乃が初めてだということ。











そんなことを考えながら皿を並べ終えると、気がつけば準備は終わり、既に現八と小文吾は酒を飲んでいた。

「信乃、たくさん食べて早く大きくなれよ」

「おい、信乃、こっちの肉もいい具合だぞ!」

「信乃、肉ばかりではなく、野菜も…」
「まぁいいじゃねーか。なぁ?信乃」

「信乃ー!ニクーーー!」
「おチビちゃん、あんたのカラス、うるさいわよ!」









みんな、信乃のことが好きなんだな。












ふいに、孤独を感じた。














信乃はすごい。


いつも周りに、いろんな人が集まってくる。









「あれ?仁、食わねーの?」

信乃がいきなり僕の顔を覗き込んできた。

「仁くん、食欲、無いんですか?」

壮介さんも不安そうに僕のことを見ている。

「なんだ?仁、お前も食わんと大きくなんねーぞ?」
「なっ…!兄貴、てめぇ仁にも手を出そうとしてるんじゃ…」

現八さんと小文吾さんは酒に酔って、がははと笑っている。

「仁、早く食わねーと信乃の胃袋に全部持ってかれるぞー」
「むっ、俺そんな欲張ってねーし!! なぁ?仁」
「仁ー!ニクーーー!!」










どうしたんだろう?












孤独感が、全部消えた。


跡形もなく、すっきりと。









みんなが僕に話しかけてくれる。












笑いながら、話しかけてくれる。









「お、おい!仁、どうしたんだ!?」

信乃が慌てた顔でこちらを見ている。


気がつくと、涙が溢れ出していた。




「ごめん、分かんない….」




笑いながら、涙を拭う。




信乃が何かを悟ったように言った。








「みんな、仁のことが好きなんだよ」










信乃の声に顔を上げてみんなをみれば、笑っていた。




僕を見て、優しい瞳で笑っていた。









「ん?うまそうな匂いだな!」

場に合わないとぼけた声に、現八が頭を抱え、小文吾は眉をしかめる。


「お前はホントに…」
「間が悪いよなぁ」


間の悪いときに来た人物。
それは頭の周りに花をチラつかせた道節だった。
後から大角もついてくる。




「まぁ、いいや。お前らも、鍋、食え!」




こうして、8人と3匹の宴会に近い夕食が再開した。



「小文吾。お前、彼女はできたのか?」
「そういう兄貴こそ、さっさと見つけてこいよ!」

「うちの浜路がいつも世話になっているようで…」
「いや、うちの雛衣こそ、面倒ばかりかけてしまっているようだな…」
「まったく、これだから親バカは……ギャー!!」
「…。」
「だから私の尻尾食うなって言ってるでしょ!?」

「あれ?毛野さん、未成年ですよね?お酒…」
「いいんだよ。壮介も飲め!」





「…ったく。ホントうるせぇ大人どもだよな」

唖然とにぎやかな夕食を見ていると、信乃が隣に来た。

「さっきは殴って、ごめんな。
その、…お、俺も、仁のこと、
す、好きだからさ!!」


少しだけ信乃が頬を赤く染めて言った。

「おーい、信乃、肉無くなるぞー」
「んだと!?待て、俺の肉だ!!」

信乃は照れ隠しのように箸を持って鍋に飛びついてしまった。


「信乃も、十分うるさいと思うけどね….」

あはは、と笑うと、信乃も肉を頬張り、ははは、と笑う。









心地よい




にぎやかさ。





今も、大人は酒に酔い、親バカは子どもの話をし、黒い物体は空に吹っ飛ばされ、少年は肉を頬張っている。





ふと外を見れば雪は止み、月明かりに照らされ、輝いている。












ねぇ… 華月、










君はこの世界のこと、嫌いって言っていたけど…













僕、この世界が好きだよ。












雪は綺麗だし
みんなおもしろくて優しいし
笑顔で溢れてて







そして何より…















信乃がいるから!!












***** fin *………

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