八犬伝

□星空よりも
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「むー、里見の気配がするー」

「あぁ?何言ってんだ、村雨。里見がこんな真っ昼間からこんな町中にいるわけ…」


只今帝都を散策中。

そして、信乃たちの方へ向かって歩いてくるのは里見であった。

「ホントに里見だ…。と、えぇ!?」

歩いてきたのは里見だけではなく、なんと、里見と同い年位の若い女性が里見の横を一緒に歩いていたのだ。



しかも、腕まで組んでいる。






誰、だよ。






あれ。






そんな風に思考を巡らしているうちに、もう里見たちは信乃の目の前まで来ていた。


「よぉ、里見!お前何して…」



里見は信乃の隣を無言で通り過ぎた。


「おい、無視すんな!」


すると、里見ではなく女性の方が歩みを止めた。
それにつられて里見も止まる。

「里見様、お知り合い?」





「いや、知らん…」






前を向いたまま、里見は冷たく言い放ち、女性と一緒にまた歩き始めた。




何だよ、アイツ…。
ってか、あの女、誰だよ!!

ちぇ、気晴らしに飯でも食って…

「おい、さっき歩いていた里見様を見たか?」

「あぁ、綺麗な女の方と歩いてらっしゃった」

「お似合いのカップルだったねぇ」






うるさい









「信乃…」

「村雨、入ってろ」

「…ラジャ」







違う。








絶対に違う。








里見が女と付き合うはずない…









「結婚式は俺らも招待してほしいなぁ」







「違うっつってんだろ!!」






信乃の声は、帝都の町の雑踏にかき消され、誰の耳にも入ることはなかった。




ーーーーーーーーーーー

「あ、おかえり。莉芳。どうだった?帝都の道案内は」

屋敷に戻り、いつもの仕事部屋に入ると要がいた。

「最悪だ。お嬢様には腕を組まれる。
飯代は俺が出した。
おまけに信乃にも会う始末だ」

「え…?」

すっとんきょな声を発する要。

「ん?」

「莉芳、しーちゃんに会ったの?」

「あぁ。それがどーした?」



そして、とても申し訳なさそうに言った。


「いや、そのしーちゃんがね、今、行方不明だったりしてー…」


…あの、ガキ
たった今、仕事が終わったばかりだというのに…

「あ、でも別に莉芳が捜しにいかなくても…」

「いや、俺が行く」
そういい、莉芳は上着を羽織って外へ出ていった。


「はぁ、本当に…
莉芳はしーちゃんのことが大好きなんだね」

「そうですな。何せ、あんな変わった趣味をお持ちなのだから」

「だから銀狐、それは個人の自由だって」



ーーーーーーーーーーー


はぁ、何で俺、こんなとこにいるんだろう。




早く古那屋に戻ってたくさん飯を食えばいいのに。





早く壮介と風呂に入ればいいのに。






だけど、今は帰りたくない。






でも、





だからって…






何で俺、こんな薄気味悪いとこに来ちゃったんだろう!?

目の前には古教会。
それも、鼠とばーさんシスターズがいるとこ。

てか、寒っ。

腹も減ったしなー。

草原の上に横になり、空を眺める。

まだ明るいからか、ぽつぽつと少しだけ星が出て来ている。






星を見るのに集中しているはずなのに、思い出すのは先程の出来事ばかり。





「星でも取って食ってやろーかなぁー」







誰も答えてくれる者はいない。






「どーやって取って食うんだよ!
あっはははは…」







誰も笑ってくれる者はいない。








誰もばかにしてくれる者はいない。





なぜなら…







目を閉じて考える。





なぜなら、

俺はいま、








1人だから…






ぱっと目を開けると、満天の星空があった。







とても綺麗とはいえなかった。






とても滲んでいて、星の色と夜空の色が混ざって濁っていた。

まるで、水の中から空を見た様だった。



でも、それは自分が泣いているから。



考えてみれば、自分は里見の何者でもない。


ただ、里見が信乃の後見人であるということだけ。


ただ、村雨を渡されたということだけ。


だから、俺はあの女みたいに、里見の隣を寄り添って歩く権利はない。






もし、里見があの女と結婚して、
屋敷をでて、子どもを持って、家族を持ったら…







里見は俺のことなんか忘れる。








そしたら、俺は1人になる。







壮介も、現八も、小文吾も、毛野も、浜路も…
俺の周りにはたくさんの人がいるのに、







俺は、1人になる。








「腹が減りすぎて頭でもおかしくなったか?信乃」



「へ…?」



なんで?




なんでアイツがここに…?



声がした方を見ると、白いコートと薄黄色の髪をふわりとなびかせている男がいた。


「なんで、お前がここにいるんだ…?里見…」

「なんでって…」

里見はスタスタとこちらにあるいてきて、信乃の服の襟の部分を掴み、猫のように持ち上げた。

「どっかのくそ生意気なガキが行方不明になったと聞いてな」

「む、生意気なのはそっちじゃねーかよ!早く降ろせ!!」
はぁ、と溜息をつき、里見は信乃を草原に座らせ、自分も信乃の隣にこしかけた。


「で、今回はどうした?
また壮介と喧嘩でもしたか?」

ふりふりと頭をふると、里見は先程まで信乃がしていたように仰向けに寝転がった。
信乃も一緒に寝転がる。




「里見はさ、誰かと、結婚、とかする予定あるのか?」

「いや、全く…」

「じゃあ、今日の女、誰だよ」

「ん?あぁ、昼間の。
あれは金持ちの家のお嬢様でな、
近々帝都に引っ越してくるから、町を案内してくれって頼まれただけだ」

「へー、そーだったのか…。
じゃなくて、だったらどーしてあの時、俺のこと無視したんだよ!?」

「お前まで一緒に町を回ったら俺の手に負えなくなるからな」

「む、なんか遠回しに失礼じゃねーか?」

「おや、直球のつもりだったのだが…」

「てめぇ…性格悪すぎだぞ!」



それには何も答えずに、ただ里見は、星を眺めていた。


「綺麗だな…」




これが綺麗だと思えるなんて、羨ましい…。




「もし、俺がこのまま1人、この世界に取り残されたら、俺はどうなるんだろう…」



独り言のつもりだった。






しかし、今度は、この問いに答えてくれる者がいた。







そっと、手をとって。



「もしも、その時が来たら、お前の、この手を、ずっと側で握っていてやる」





その言葉を聞いた瞬間、


また、星空が滲み始めた。
星と夜空の色が混ざり合う。





でも、不思議だ。






なぜか、いまは…





「とっても、綺麗だ」





気付くと俺は、そう呟いていた。



「信乃」

「うん?」

横を向くと、目尻から溜まっていた涙が一筋溢れ、流れた。




ちゅ…



「んっ…」


まだ涙が溜まっていた目尻にキスを落とされる。




びっくりして、里見の顔を見上げると…



「俺は、こっちの方が綺麗だと思うぞ」


とん、と肩を押され、もう一度仰向けに、空を見上げさせられる。






何も混じり合っていない、さっきよりも、もっともっと綺麗な星空がそこにはあった。





これが、さっきまで里見が見てた景色…

そう思うと、なんだかとてもうれしくなった。
少しだけ、里見を近くに感じられた。




しばらく見つめていると、

「さて、そろそろ帰ろうか。
誰かさんのおかげで俺も夕飯を食ってないからな」

「でも、さすがにもう飯は残ってないんじゃねーの?
どーすんの?里見?
ま、これも日頃の行いだろ」

ニヤニヤと悪戯っぽい笑みをしながら里見を挑発してみる。

「他人事のようだが、お前の飯もないということだぞ」

「はっ、確かに!
おい、どうしてくれんだよ!?」

「そうだな…」

里見は起き上がり、

「帝都で飯を食べてから帰ろうか」

俺もがばっ、と起き上がって、

「昼間のお嬢様よりは奢りがいがあるぜ」

親指で自分を指し、偉そうに笑っていると、里見は俺の頭にポン、と手を乗せ、ガシガシと力強く撫でた。


「俺の財布が空にならない程度にしてくれ」




里見が、夜空の星よりも綺麗に微笑んだ。





「くっくっくっ…」








久しぶりに、心から笑った。


里見には負けるけど、空の星よりは綺麗な笑顔で。





***fin*****

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