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□紫陽花に
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***


「…ん」
ふと目が覚めた。慌てて窓の外を見るが、どうやらまだ自分が降りる停留所には着いていないらしい。

相変わらず雨は降り続いている。
そこでふと銀時はある事に気付いた。

「…傘が無い」
今日は朝から雨が降り続いているというのに他人の傘を盗むとは一体どういうことだろうか。
顔も知らぬ犯人に憤慨しながらも、銀時はどうしたものかと考える。
最寄りと言ってもその停留所から家までこの雨の中濡れて帰れる距離ではない。

そんな銀時を嘲笑うかのように雨足は激しさを増すばかりである。

「…傘、盗られたのか?」
思いもよらない問い掛けに、銀時は自分に向けられて発せられたものだと理解するのにわずかばかり時間を要した。
何せその声の主はあの土方十四郎だったからだ。

「えっ!あ…はい。そうみたいです…」
気が動転して声が裏返ってしまった。顔から火が出そうだ。

「…バス停からすぐなのか?」
一瞬『何が?』と思ったが、家までの距離を尋ねられたのだと気付く。

「少し歩くんですけど…まぁ仕方ないんで走って帰ります。」

「馬鹿言え、風邪引くぞ。…良ければ送ってくが。」
銀時は思わず固まってしまった。今この男は何と言っただろうか?

「何だ、嫌なのか?」
眉間に皺を寄せ瞳孔開き気味の目で不機嫌そうに言う彼は流石鬼の副委員長と言うべきか。かなりの迫力である。

「い…いえ…でも申し訳ないですから…」
そういえば自分と彼は同い年ではなかっただろうか。
しかし何故か敬語で話してしまうのは決して自分だけではないはずだ。

「そんなもの気にするな。…っと、次で降りるんじゃないのか?」

「え…?」
はっとして前を見ると確かに銀時の降りる停留所の名前が表示されている。
慌てて降車ボタンを押すと彼が笑いを堪えているのが目に入った。

(へぇ…この人もこんな顔して笑うんだ…)

バスはすぐに銀時の降りる停留所に止まった。
「ほら、降りるぞ。」
銀時としては気が進まないが、どうやら彼は自分を送る気満々のようだ。
半ば諦めたようにため息をつくと銀時は土方の後に続いた。

「…家どっちだ?」

「あ…こっちです…」
銀時が方向を示すと土方はゆっくりと歩を進めた。

沈黙が続き、銀時は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
雨音が激しいのが唯一の救いだ。

「…お前、坂田銀時だろ?」
沈黙を破ったのは意外にも土方の方だった。

「え…どうして?」
どうして彼が自分の名前を知っているのだろうか。

「その髪…俺達が間違って取り締まらない様に生徒指導の方からお前の事は聞かされてんだ。」
成る程…銀時の髪はその名の通り綺麗な銀髪である。
勿論染めてなどいないが小さい頃はそれが原因でよくいじめられたものだ。

「そういうあなたは土方…君だよね?」
まさか自分の名を知っているとは思わなかったのだろう。土方の目が少しばかり見開いた。

「土方君も結構有名だよ?」
驚いた彼の顔が新鮮だったので思わずくすりと笑ってしまった。

「…土方でいい」

「え?」
彼にしては小さい声だったので聞き逃してしまった。

「っ…君付けは気色悪ぃから土方でいい」
思いっきり顔を反らして早口で言われたが、今度ははっきりと聞き取れた。

「えっと…じゃぁ土方…」

「…おう」
何故だか気恥しくなってまた沈黙が訪れる。


「あ…」
そうこうしていると家に着いた。

「ここか?」

「うん…」
何だか少し名残惜しい気がするのはどうしてだろう。

「じゃぁまたな」
土方は銀時を玄関口まで送ると直ぐに踵を返した。

「あ…土方!」
思ったより大きな声が出てしまった事に少々驚いた銀時だったが構わず続けた。

「えっと…わざわざ送ってくれてありがと…」
だんだん声がしぼんでいくのが分かったが土方にはちゃんと通じたようだ。

「…おう」
土方はフッと笑ってまた前を向いて元来た道を戻っていった。
銀時は土方の姿が見えなくなるまでその場から動けないでいた。

何だか落ち着かない。一体どうしたと言うのか。


「…ジャンプ読も」

ため息と共に吐き出された呟きは雨の中に消えた。





もうすぐ梅雨が明ける─────






end
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