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□when love kills you
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今でもはっきりと覚えている。

偶々入った飲み屋で珍しくあいつと出くわし、これまた珍しく喧嘩をする事なく一緒に酒を飲み交わした。
お互い良い気分になって、俺はまんまと飲み代をあいつに払わせる事に成功し、フラフラと二人で飲み屋を出た。

急に立ち止まったあいつにどうかしたかと尋ねれば、あいつは真っ赤な顔をして言ったんだ。


ただ一言、好きだと。




───when love kills you.


「銀さん!良い加減起きてくださいよ!」
昼近くになっても一向に起きてこない万事屋店主、坂田銀時を従業員の志村新八が叩き起こすのは最早恒例行事だ。

「うーん…そんな大きな声出すなよぱっつぁん…あと2時間…」
「何寝惚けてんですか!今日は久々に依頼が入ってるって言ったでしょ!?」
「…っ!」
ガバッっと起き上がった銀時は急いでいつもの着流しに着替える。

「やべぇぇ!完璧に忘れてたよ銀さん!新八あと時間どんくらい?!」
「今すぐ出れば間に合いますよ」
「遅いネ銀ちゃん。早くするアル」
朝食もそこそこに銀時は従業員二人と事務所を飛び出した。


***


「何とか間に合ってよかったですね。依頼も簡単な割に中々報酬も良かったですし。」
結局ギリギリに出た銀時たちだったが何とか遅刻する事もなく、依頼も無事終わらせた。

「折角早く終わったネ!これから姉御ん家でUNO大会するアル!いいでしょ?銀ちゃん」
「おー行ってこい行ってこい。財布も温まったし今日はこれで店仕舞いだ。」

きゃっほーいと騒いでいる少女を尻目にふと良く知った人物が目に映った。

黒い隊服に咥え煙草、瞳孔がん開きで眉間に皺を寄せたその姿は、見るからに不機嫌そうだ。

『あらあら荒れてんなぁ…そう言えば最後に会ったのはいつだったっけ?』
実は銀時と土方は所謂恋人同士という間柄だ。
土方の事など全く意識していなかった銀時だったが、ある晩を境に土方から熱烈なアプローチを受け流石の銀時も陥落した。
それ以来何だかんだで順調なお付き合いをしているわけだが…如何せん相手は真撰組の副長。中々暇が取れず最近は滅多に会えない。
『寂しい…だなんて。俺も焼きが回ったもんだな…』
追われていた筈がいつの間にか自分が追っているだなんて…

「十四郎様」
ぐるぐるとそんな事を考えていた銀時の意識は聞きなれない声が自分の恋人の下の名を呼んだ事で現実へと引き戻された。
土方にぴたりと寄り添うようにくっついている女はいかにも高級そうな着物を身に纏い土方に熱い視線を送っている。
一方土方はそれを適当にあしらってはいるが女を邪険に扱う事はしていない。

「あら、あれは真撰組の副長さんじゃない?こんな時間にあんな良いとこのお嬢さんとデートだなんて…」
「最近色街での噂を聞かないと思ったら彼女が原因だったのね〜」
「それにしてもお似合いだわ〜。いつ結婚するのかしら」
そんな会話が耳に入る。

結婚………か……。

土方もいい年だ。結婚話が出ていても可笑しくはない。

「…っ」

「銀ちゃん?」
「あ…いや、何でもねぇ…俺いちご牛乳買って帰るから。お妙に宜しくな」
銀時は片手を軽く上げながら足早に去っていった。



神楽たちと別れコンビニに向かった銀時は今、いちご牛乳のストローを咥えソファに凭れかかっていた。
思い返すのは一刻前に見た土方と女が並んで歩く姿と通りすがりの住民の会話。
土方はあれでも真撰組の副長だ。器量も良いし、幕府の官僚のお嬢さん方と見合い話の一つや二つあるに違いない。
あれもその内の一つなのであろうか。
しかしそれならばどうして土方は自分と付き合ったりなどしているのだろうか。
ああいうお嬢さんと結婚した方が土方的にも組的にも良い筈だ。
「そろそろ潮時…なのかな…」
ぽつりと呟いた一言は誰もいない万事屋に溶けて消えた。


***


「おい銀時!居ねぇのか!?」
ガンガンとドアを叩く音で目が覚める。いつの間にか眠っていたようだ。
重い腰を上げ銀時は玄関へと向かう。

「…なに、どうしたの土方クン」
気だるげにそう言うと、何だ寝てたのかと笑われた。
『嗚呼、この顔好きだなぁ』
銀時はふとそんな事を考えていた自分に困惑しながらも土方を居間へ通した。

「良い酒を貰ったんだ。お前と一緒に飲もうと思ってよ。」
そう言う土方の手には高級そうな一升瓶が入った紙袋がぶら下がっていた。
「そうか。じゃぁ何かつまみでも作るかな」
「マヨ入れてくれよ」
「分かってらぁ」
銀時はクスクスと笑いながら台所に向かった。
これから別れを告げようと言うのに何とも穏やかな気持ちだ。
思ったより自分は土方に溺れていなかったのかもしれない。
そうだ、これが普通なんだよ。今までが可笑しかったんだ。


「ここの所は本当に忙しかった。流石に死ぬかと思ったぜ」
主に土方の話を聞きながら銀時は酒を呷った。
「ところで…銀時」
土方は持っていたグラスを静かに机の上に置き銀時を見据えた。
「…っ」
ゴクリと唾を飲み込んだ。これだけで土方が何を考えているか分ってしまうのは、やはり同じ男の性というものなのだろうか。その瞳は狂おしい程の熱を帯びていた。
俺は思わず視線を逸らした。
「…今日は…やだ」
「…銀時?」
明らかにいつもとは違う銀時の様子に土方も戸惑いを見せる。
「…ってかさ!そろそろ…終わりにしねぇ?」
気まずい空気に耐え兼ねて、銀時は努めて明るく言った。
「…終わり?何を」
問い質す形をとってはいるが、土方は俺の言わんとしていることが理解出来ているようで、その顔はみるみる内に不機嫌になっていった。
「えぇっと…その、お前もいい年だしそろそろ結婚とか…色々あんだろ?だから俺とこんなことしてねぇでさっさと…
ガタンッ!!

「さっさと…何だ?別れるとでも…?」
「土か…っ」
今までに見たこともない程凶悪な顔をしている土方に銀時は背筋が寒くなるのを感じた。
「…好きな野郎でも出来たのか?」
ゆっくりとこちらに近付いてくる土方に気付きながらも銀時は蛇に睨まれた蛙のようにその場から動くことが出来ない。
「俺ぁ言った筈だがな…どんな事があろうとお前を手放すつもりはないと」
カチャ…
土方はゆっくりと腰に携えた愛刀に手をかける。
「お…い…何のつもりだよ…?」
刀を抜く音に我に返った銀時は立ち上がり、土方の動きに合わせて後退る。しかしすぐ後ろにソファがある為、たいして距離を開くことは出来ない。
「あっ…!」
銀時はソファに足を取られ仰向けに寝転ぶ形で倒れた。
ギシ…ッ
すかさず土方は銀時の股の間に片膝をつき動きを封じる。
緊迫した空気に銀時は言葉を発することも出来ずにただ土方を見つめる。

「…こうやって今お前を殺せたらどんなに楽なんだろうな」
「土方…」
「ここでお前を殺してしまえば、お前は俺だけのものになるのか…?」
静かに自分ののど元に刃を当てる土方を銀時は何故か穏やかな気持ちで見ていた。

「…試してみる?」
妖艶な雰囲気を醸し出しながら甘く囁く銀時は今の土方にとってはさながら悪魔の様だった。
何と甘美で残酷な誘惑なのだろう。

「いつの間に…これ程お前に入れ込んでいたんだろうな」
「お前だけじゃないよ…」
──さぁ、一緒に堕ちよう。


when love kills you.
  愛が貴方を殺すとき。



end
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