クローバー (あつみな)
□重ねる日々の中で
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00. プロローグ
「高橋さん、明日は何食べたい?」
「な、何でもいいよ」
「えー?リクエストとかないの?」
「いいよ。.....お前が作ったのってなんでも美味いから」
わたしは明後日の方向を向きながら、ぶっきらぼうに前田に言う。
隣を歩く前田は、ガバッとわたしの腕に抱きついてくる。
「へへっ!それ最高の褒め言葉!!」
「お、お前はすぐに抱きつくクセをどうにかしろよ!」
わたしはクシャっと笑う前田に慌てて言う。
学校の帰り道。
夕暮れの川の土手沿いを優子、トモ、陽菜と帰っていたわたしのいつもの帰り道の風景に前田が加わるようになってから、しばらくたった。
「おーい、後ろの二人ー。イチャつくなら家でやってくんねーかなー」
前を歩く優子がカバンを背負いながら呆れたように言う。
「イ、イチャついてねーよ!」
「どう考えてもイチャついてるでしょ。トモも早く相手見つけよっと」
「えー、板野さんとかすごいモテそうなのに!」
前田が驚いた声を出す。
「前田、トモはねワガママすぎて二週間くらいしたらフラレちゃうんだよー」
「うるっさいな陽菜。フラレてるんじゃないの。トモがフッてんの」
トモは陽菜をジロっとにらむ。
「.....高橋さんは?」
「は?」
前田がわたしの腕に抱きつきながら顔をのぞき込む。
「高橋さんは.....好きな人とか、付き合ったことある人とか。いるの?」
心配そうな目でわたしをのぞき込む前田を直視できないわたしは、再び視線をそらす。
「い、いるわけねぇだろ。付き合ったことだって.....ねぇよ」
「ほんと?」
「ウソついてどうすんだよ」
「.....へへっ」
前田はさらにギュッと腕に抱きついてくる。
「だ、だからくっつくなって.....!」
わたしが真っ赤な顔で前田の方を向くと、ドンっと前を歩いていたトモにぶつかる。
「んだよ、トモ。急に止まんじゃねーよ」
わたしが文句を言うと、先頭を歩いていた優子の声が耳に届いた。
「ちっ。ヤなヤツらに会っちまったな」
わたしがトモの肩越しに前を見ると、優子の言葉の意味がわかった。
土手の道の向こうから歩いてくる四人組。
「どうしたの?」
急に立ち止まったわたし達を不思議そうに見る前田の前にわたしは立つ。
「下がってろ、前田」
「高橋さん?」
キョトンとした前田にワケを言う前に、四人組はわたし達に近付いてくる。
そして先頭を歩くショートカットの背の高い女は、優子の前に立ち止まると、優子を馬鹿にしたように見下ろす。
「よーう、大島。あいっかわらずのチビだなぁ」
「るっせーんだよ、篠田。無駄にデカいでくのぼうが」
「口だけは達者なチビだ。おい、小嶋元気か。相変わらず美人だなぁ」
ニヤニヤ笑う篠田に優子は低い声で言う。
「おい。何度も言わせんじゃねーぞ。陽菜に変な目線送るんじゃねぇよ」
優子と篠田はにらみ合う。
「板野ぉー。相変わらず教室で鏡見て過ごしてんのー?そういうのってナルシストって言うんだよー」
「河西。てめーは見る度に化粧濃くなってんなぁ」
「はぁ?それはテメーの方だろ板野」
「化粧が濃くなってることに気づかないなんてヤバイんじゃないの、河西ー?」
トモと河西は火花を散らす。
「キャハハっ。ねー、小嶋ぁー。遊ぼうよー」
「あいっかわらず頭に残るんだよねー松井ー。あんたの笑い声」
「キャハハハっ。嬉しい?小嶋ー」
「頭に残ってウザいって言ってるんだけどー。なーんでわっかんないのかなー」
ケラケラ笑う松井に、陽菜は冷たい笑顔で言う。
「高橋。相変わらずラブリーだなー」
「......ラ、ラブリーだ?」
わたしは目の前に立つ倉持を見る。
「小さくて、ラブリー。特にここ」
倉持はわたしの耳をさわさわと触ってくる。
「だー!さわんじゃねぇ!」
わたしは慌てて倉持の手を叩く。
「触らせてよ」
「お、お、お前はいつもなんなんだ倉持!?ペタペタいろんなとこ触ってきやがって!」
「だって高橋小さくて可愛くって。触らせてよ」
倉持はこりずにわたしをペタペタと触ってくる。
背中がゾクゾクする。
「や、やめ.....!」
その時、バッとわたしの身体は倉持から離される。
わたしを抱き抱えるようにした人物。
「.....前田」
「高橋さん、嫌がってるじゃない!やめて!」
前田は強い目で倉持を見つめる。
「誰?」
倉持はキョトンとした顔で前田を見ている。
「前田敦子!高橋さんと同じクラス」
「ふーん」
そう言うと倉持は前田の耳をぐにっと触る。
「ち、ちょっと!」
「.....いまいち」
「な、なにが!?」
倉持は前田から手を離すと、チラリとわたしを見る。
「やっぱ。高橋じゃないとだめ。高橋貸して」
「やだ!貸さない!だってそしたらまた高橋さんペタペタ触るつもりだもん!」
前田はそう言うと、わたしをかばうようにしながら倉持をにらむ。
「か、貸すとか貸さないとか。お前らな、わたしはモノじゃねぇんだぞ!」
わたしがにらみ合う二人に言うと、
「よう、もう一人のチビ」
篠田がわたしに声をかけてきた。
「チビじゃねぇんだよ!」
「どう考えてもチビだろうが。この凶暴なチビに言っとけ高橋。人と話す時は話し方を考えろってな」
篠田は優子の事を顎でさす。
「るっせーんだよ、篠田!早く消えろ!」
「言われなくても行くっての。おい、明日香。行くぞ」
篠田は前田とにらみ合っている倉持に声を掛ける。
「前田敦子。名前は覚えたからな」
「倉持、明日香。わたしも覚えた」
倉持は前田からくるりと背を向けると、篠田達の方に歩いていく。
「ごきげんよう。A女のアホども」
篠田は笑うと、三人を引き連れて去っていく。
「.....けっ。B女のヤツらに会うなんて最悪だぜ」
優子は草を蹴りとばす。
わたし達は会うといつもあんな感じだ。
もともとわたし達が通うA女と篠田達が通うB女は学校自体が敵対関係にあるような高校で、何かとぶつかり合っていた。
分かれ道まで来ると優子達と別れて、方向が違うわたしと前田は二人で歩き始める。
前田はまだプリプリと怒っていた。
「もう!ぜっーたい、倉持って人には負けないんだから!」
「何をだよ?おい前田。お前何怒ってんだか知らねぇけどあんまりアイツに関わるんじゃねぇぞ。身体触ってくる変なヤツだけど、篠田達のグループのヤツらは腕は確かだ。お前は喧嘩しねぇんだから一発でやられちまうからな」
わたしの言葉に、前田は首を振る。
「喧嘩じゃないの。女の戦い!」
「はぁ?喧嘩だって戦いじゃねぇか。何が違うんだよ」
「ぜっーたい!負けないんだから!」
前田はまたそう言うと、メラメラと闘志を燃やしている。
「.....なんだってんだよ」
わたしは横を歩く夕陽に照らされる前田を見ながら、ため息をついた。