『1/4 ―quarter―』

  

 FILE1 零班


最近巷では奇妙な事件が横行していた。
人間が突然凶暴化し、殺戮を繰り返し、そして消えてしまうという突飛かつ奇っ怪なものだ。
ここでいう消えてしまう、とは、言葉の文などではない。文字通り個体の消滅を示している。
原因は不明。現段階で分かっている事といえば、事件の犯人に共通点はなく、それぞれに交流があったわけでもない。特に殺人嗜好があったわけでもなければ、まして攘夷浪士だったわけでもない。それまでは平凡な日常を過ごしていた一般人との事だった。
また周囲の証言によれば、犯人は突然人が変わったように暴れ出し、そのくせ酷く虚ろな目をしていて、まるで何かに取り憑かれているようだったという。
――そして皆一様に、肌が異様なほど青白くなるそうだ。
これらの事から、天人由来のウイルス、もしくは薬物の可能性が疑われているが、肝心の生きた証拠ともいえる犯人が消滅しているため調査は極めて難航していた。
真選組をはじめとする江戸の警察組織が総出で事にあたっているにも関わらず、調査は進退窮まっているのが現状だった。

これを受けて勅命のもと、とある組織が動いた。

零班(ゼロハン)と呼ばれる組織で、噂では主に常識では測れない事件を専門に取り扱っているという少数精鋭の歴とした警察組織である。

これだけ聞けば何とも胡散臭い話だが、幕府からの信頼は厚く組織としては格が高いらしい。

これらが噂の領域を出ないのは、彼らが表舞台に殆ど姿を現さないためである。

活動の詳細や拠点、所属する人員、誰が何を目的に編制したかなど詳細は一切不明。

とにかく何かと謎の多い組織なのだ。

その為ほぼ伝説と化したその組織が、本当に実在しているのかと存在すら疑われていたわけだが、彼らは確かに実在している。

なぜなら現に今――



「幕府より勅命を受けて参りました。零班の彩雅 響(サイガヒビキ)です」
「同じく篠宮 織(シノミヤ シキ)です」

真選組屯所、局長の部屋にて。局長である近藤と副長の土方、そして一番隊隊長の沖田と向かい合わせに正座している二人の男女が静かに言った。
二人とも零班の制服を着崩す事なくキッチリ着込んでいる。
男は酸化が進んだ血のような赤茶色の髪に同色の瞳、端正だが斜に構えた攻撃的な顔立ち。
女の方はチョコレート色をした艶やかな髪の、なかなか綺麗な少女だった。瞳は青色だか紫色だか判然としない不思議な色合いを呈している。それが白い肌に映えて妙に印象的だった。
零班より派遣された二人の人物を前にして、近藤は困惑、土方に至っては不審感も露わに眉を顰めている。

……まぁ無理もないが。

かく言う沖田もまた、表情にこそ出さないが幕府より送られてきた人物に、少しばかり面食らっている。
――若いのだ。噂によれば零班は、所属する人員の年齢層が低いというのも特徴の一つのようではあるが……
それにしたって今目の前にいる人物は、あまりに若い。
男の方は沖田と同年代かそこら、女に至っては確実に彼より年下だろう。

「なぁ篠宮…」

ふいに男が小声で隣に話し掛ける。

「何だい、彩雅?」

同じく女も小声で応じる。

「何か必要以上に警戒されてねぇか、俺達」
「されてるね。別にいつもの事だろう?」
「それにしても不信感、パネェわ。ここまで警戒されたのは初めてだぜ……」
「彩雅が目つき悪いから仕方ない」
「何言ってんだ。篠宮が胡散臭いからだろ」

やり取りも年相応だ。一応声のトーンを落としているのだろうが、ハッキリ言って筒抜けだった。
そして此方に言わせれば、両方胡散臭い。
土方がわざとらしく咳払いをすれば、2人が居住まいを正して此方を向く。

「事件については把握しています。状況からしてウイルスか薬物……もしくは何らかの呪いである可能性を考慮して、俺と篠宮が派遣されました」
「……呪い?」

馴染みのないフレーズに土方が眉を顰める。

「その反応も分からないでもないですがね。確かにあるんですよ。常識では測れない"何か"が。俺達はそういう常識の枠を超えた"何か"を常に相手どってきた」
「…………」
「今回はウイルス及び薬物関連のエキスパートである篠宮が最適だと判断が下されたが、呪いの可能性も捨てきれないため呪術担当の俺もつく事になりました」

慣れているのか此方のあからさまな不信の視線にも別段気分を害した風もなく、涼しい顔で男が語る。
女の方も顔色一つ変えなかった。

「此方も早期解決に向けて尽力しますんで、協力の方よろしくお願いします」
「ああ、協力は惜しまない所存だ。何でも言ってくれ」
「しばらく此方に拠点を置かせて貰いたいんですが」
「部屋は用意してある」
「調査にあたって色々機材を持ち込む事になりますが構いませんか」
「ああ、ではもう一部屋用意しよう」
「いえ。俺達が同時に休息を取る事は滅多にないんで二部屋で構いません」
「そ、そうか……」

ポーカーフェイスの土方の隣で近藤が心配そうに顔をやや曇らせた。
想像していたより二人が若い(というか幼い)せいもあるだろうが、相変わらずお人好しだと沖田は内心で密かに呆れた。

「…じゃ早速」

男が腰を上げる。

「篠宮、機材運ぶぞ」

女もゆっくり立ち上がる。

「組み立ては俺がやっとくから、その間お前は聞き込みしてきてくれ」
「分かった」

早速仕事に取りかかろうとする二人に近藤が少し慌てたように待ったを掛ける。

「何も来て早々に仕事に取りかからんでも。二人とも長旅で疲れているだろう?少し休んでからでも……」

聞けば二人とも、ニューヨークでの依頼終了直後、すぐさま此方に向かったそうだ。

「お気遣い感謝します。だが俺達には俺達のペースがあるんで、お構いなく」
「そ、そうか……」

戸惑いながらも引き下がる近藤。その隣で土方は仏頂面をしている。沖田はといえば相変わらずの無表情。
男はそんな彼らを静かに一望し、

「…ま、今すぐ俺達を信用しろとは言いませんよ」

隣で女が口を開く。

「その辺は追々仕事で勝ち取りますんでー、よろしく」

二人揃ってニヤリと不敵に笑った。
しばらく呆気に取られた後、渋面で頭を抱える土方の隣で近藤が、これは頼もしいな!と豪快に笑っていた。
その一部始終を傍観していた沖田は、

(…は、面白ぇ事になってきやがった)

胸中で呟き、密かに口角を上げた。



午前中は予告通り、機材が屯所へと運び込まれた。
テレビモニターや音声マイクを始め、素人には用途の分からない機材が所狭しと並べられる。
それらはあっという間に部屋を占拠した。
畳には夥しい量の電気コードが這い回り、足の踏み場もない。
馴染みのないその光景は、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚を引き起こす。

「……あの人達が例の零班ですか?」

と、問うてきたのは山崎。先程から襖の影に隠れて何やら熱心に中の様子を窺っている(因みに沖田はその隣に普通に立って、堂々と中の様子を眺めている)。

「噂には聞いてましたが本物見たのは初めてですよ……うわあ、後でサイン貰おうかな」

などと興奮気味に、頬を染めつつ理解不能な事をほざくので、何となくその後頭部を蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られた。……のでそうした。
案の定山崎は、アイタァッ!と情けない声をあげながら見事に部屋へ傾れ込んでいく。
その横を、沖田は何食わぬ顔でスタスタと通り過ぎ、部屋へ入って中を眺めた。
重厚な機材に埋め尽くされた部屋は、細かい事に拘らない沖田でもやはり圧迫感を感じた。
そうして部屋全体から二人に視線を移せば、既に気配に気付いていたらしい二人が、突然の珍入にさして驚く事なくゆっくりと此方を向いた。

「おう、山崎。何やってるんでィ。二人の作業の邪魔すんじゃねーや」
「えぇぇぇぇッ!そんな、だって今のは隊長が…っ」

必死に言い募ろうとする山崎を冷めた目で見下ろしてスッと眼を細めれば、途端に山崎の表情が凍りつく。

「……いえ、何でもありません」

冷や汗をかきながら白々しく目を逸らし、山崎はその場でなぜだか正座して縮こまった。

「別にいいっすよ。丁度作業も一段落したとこなんで」

この一連のやり取りを、すんなり受け止めて男が笑った。笑うと悪ガキ風の印象で、一気に親しみが湧いた。
それに対して女の方は、一瞥程度ですぐさま作業を再開、以降は此方を見ようともしない。
その姿に沖田は何となくムッとする。

「篠宮、休憩。後は俺がやる」

男が奥に向かって声を掛けると、機械いじりに没頭していた女が、ん…と短く返事して漸く腰を上げた。

「沖田サン……でしたっけ」

ふいに話し掛けられて、沖田は目線だけそちらへ向ける。

「食事はもう済みましか?」
「まだでさァ」
「じゃあコイツを適当な食事処に連れてってやって貰えませんか。もちろん奢らせるんで」

言いながら顎で女を示す。

「わざわざ外に行かずとも食堂がありやすぜ」
「ところがコイツ、そういうのダメなんすよ」
「……?」
「大勢に囲まれて食事、ってのがどうも苦手らしくてね。…ったく、図太ぇ神経してるくせに妙なとこでデリケートぶりやがって…面倒くせぇ」
「正確には初対面の人間と食事というも苦手だがね」
「うるせーな、一人ぐらい我慢しろよ」

……何というか。随分砕けた連中だなというのが正直な感想だった。
噂を聞く限りでは、もっとこう如何にもエリート然とした、スカしたいけ好かない連中を想像していたのだが。
実際目の前にいる人物達は、殆どチンピラだ。
自分達とさほど変わりないように見受けられる。
この連中となら上手くやっていけそうだ……と、ぼんやり思った。

「んじゃ、暫く預かりまさァ」
「申し訳ねぇ、押し付けちまって」
「構いやせんよ」
「その言われようは少し心外だな」
「黙れ」

そんなこんなで女と一緒に食事を取る事となった。




 FILE2 呪いの蟲 ♯1


零班。真選組や見廻り組とはまた別の警察組織。
決して表舞台には姿を現さず、編制された経緯や経歴、 活動の詳細、拠点、所属する人員、人数など一切が不 明。謎の多い組織である。

だが彼らはどんな難解な事件でも必ず解決するという。

勅命のもと数々の迷宮入り事件を解決し、幕府からの信 頼も篤い。
ひとたび彼らがサポートに回れば、事件の早期解決は約 束されたも同然だと言われている――


 §


薄い雲が漂う澄んだ青空に、登り詰めた太陽がギラギラ と攻撃的な陽射しを大地に投げつける。
時刻は正午近く。昼時とあって通りは人が多い。
その中を沖田はのんびりとした足取りで歩いていた。
すれ違う人々が、時折こちらを振り返る。そして先程か らちらほら感じる視線。
普段は女性ばかりなのだが、今日はそれに男性の視線も 混じっている。寧ろ男性の方が、その割合を占めている かもしれない。

原因は言わずもがな隣を歩く連れのせいである。

ウエストを絞ったタイトなシルエットの漆黒のロング ジャケットに、腰に緩く引っ掛けられたベルト。
クロスのモチーフが効いた角襟の白いシャツにランダムなスト ライプの洒落たネクタイ。左右の襟のモチーフを繋ぐ チェーンがネクタイを留めている。
タイトスカートから 伸びる細い脚を包むのは、ベルトと金具の効いた黒い革製のロングブーツ(安全靴らしい)。
そして立派なエンブレムを掲げた腕章が、何より目を引 く。
洗練されたデザインのその制服は、江戸には馴染みのな いもので、目立つ要因の一つなのは確かだった。
だが彼女が目立つ最大の要因は、その端麗な容姿に他ならない。
艶やかなチョコレート色の髪は首筋に添う長めのショー トヘア。前髪は眉に掛かる程度で短く、それが彼女の印 象的な瞳をより強調し、キリッとした涼やかな美貌に雰 囲気がよく合っている。
スラリとした体躯に洒落た制服を着こなし、大通りを颯 爽と歩く姿は、確かに様になっていた。
その姿は異性のみならず同性をも魅了する。
遠巻きに羨望の眼差しを向ける女性達。そして放ってお けば今にも声を掛けてきそうな男共を密かに眼で牽制(面 倒は避けたい)しつつ、沖田は隣に話し掛けた。

「篠宮さん」

おもむろに呼びかければ、

「篠宮で構わないよ。何だい?」

前を向いたまま彼女がそれに応じる。

「あんたら一体いくつなんで?随分若いように見受けら れますが」
「実際若いよ。僕は15、彩雅は18だ」
「へぇ…」
「僕も彩雅もこんなだから、コチラの態度に不満があれ ば早い段階で言ってくれ。一応、最低限 敬意を払うふりぐらいはできる」
「…………」

払うふり……、ねぇ?
彩雅もそうだが、どうも歯に衣着せぬ連中のようだ。
だが……

「そのままで構いやせんよ。変に気を遣われるよりそっ ちの方が気が楽でさァ」
「そうか……君とは気が合いそうだ」

横顔が一瞬だけ微かな笑みを帯びた。その様を横目で捉 えて不覚にもドキリと心臓が呼応する。

(……?……何でィ、今のは……)

気にする程ではないと思うが、僅かに乱れた鼓動を誤魔 化すように、話題を変えた。

「何か希望はありやすかィ?」
「昼食の話かい?」
「他に何があるんで?」
「そうだな……。特に希望はないよ。君の食べたいもの でいい」
「んじゃ無難にファミレスでも行きやしょうか」
「そうだね」

決定。二人は近くのファミレスに立ち寄った。


店へ入ると笑顔の店員に案内されて、窓際に面した席に ついた。
テーブル端のメニューを取って渡してやれば、彼女が礼 を述べて受け取る。続いて自分の分のメニューを取り、開いて物色する。注文する品を早々に決めてから、メニューを閉じた。それ から……それから。
何となく彼女に目を向けた。 彼女は軽く首を傾けながら、さして興味もなさそうにメ ニューを眺めている。
半ば伏せられた瞳は心ここにあら ずといった感じで。
そんな気怠げな仕草にも、どことなく品がある。
顔が綺麗なせいか何をしても絵になるのだな……と感心 半分、呆れ半分。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

程なくして店員がにこやかに語り掛けてきたので、沖田 は思考を中断した。

「ハンバーグステーキの洋食セット。ライスで。あと単品でフライ ドポテトとだし巻き玉子、ドリンクバー二つ」

淡々と注文の品を読み上げれば、彼女が少し驚いた顔で こちらを見た。

「驚いた……けっこうガッツリ行くね。見るからに草食 系の可愛い顔して」
「これぐらい普通でさァ。育ち盛りなんで」
「細いからもっと少食なのかと思ってた」
「偏見でさァ。…で、アンタは何を頼むんですかィ?」
「うーん…。僕は生春巻きと揚げ出し豆腐で――」

不意に彼女が言葉を切った。そして弾かれたように店員 の方を向く。
店員を凝視する横顔が、みるみる張り詰めた空気を帯び ていく。
訝りながら沖田も店員に視線を移せば、異様な光景が目 に飛び込んだ。

「……ご、……ごちゅ、……ご注文……は、い、い じょ、……で、で……」

呂律の回らない片言で、ふらふらと上体を揺らす店員。
ふらふら……。ふらふら……。
その様は酷く不気味だった。
そして――
ガバァッ!突如、物凄い勢いで店員が顔を上げた。瞬間、

「!」

ドンっ、と身体が突き飛ばされた。店員に、ではない。 彼女にだ。
お陰で硬い背凭れに、背中を強かに打ちつける羽目にな る。

「痛っ…、何すん…で、ィ…」

言葉は最後まで続かなかった。目の前に彼女がいなかっ たからだ。
つい今しがたまでそこにいたはずのに――

ガシャアアアアアアン……ッ!

次の瞬間響いたのはガラスの割れるけたたましい音。
店内が客の悲鳴で満たされた。狼狽し、逃げ惑う人々。
だが今の沖田には、そんな人々の悲鳴も、奇声を上げな がら暴れ狂う店員も、遠い出来事だった。
まるで身体が一枚の分厚い膜に包まれたかのように、全ての音が遠い。
蘇芳色の瞳は大きく見開かれて、ただ一点のみを見つめ ていた。

パラ、パラ……。

衝撃で粉々になった分厚い窓ガラスの残骸――

そこに、彼女は埋もれていた。

頭から。窓ガラスに突っ込む形で。上半身が。
その光景はあまりに凄惨で、現実味が湧かない。

仲間が。 殺された。 俺の目の前で……。

脳の表面を撫でるように上滑りしていた光景を、事実として認識した瞬間、一気に瞳孔が開いた。
――そして、気付けば、自分は既に抜刀していた。


 


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