モブ生活始めました。
□神声再発見
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ジャスタウェイを無理矢理いーちゃんにプレゼントした翌日、私はいつもどおり会社からあの猫の溜まり場に向かって歩いていた。
川沿いに差し掛かったところで、何やら遠くから呼ぶ声がする。
"……〜ちゃ〜ん!"
ん?メイちゃん?なんかどっかの隣りのおばあちゃんが、迷子のメイちゃんを探しているような、そんな呼び声。
それが段々近付いてくるような?と思って振り返れば、猛ダッシュで駆け寄ってくるユニフォーム姿の松6がいた。
「凛ちゃ〜ん!!」
おぉ、これは間違いなく十四松くんだ。
数メートル先まで近付いて来たと思えば、突然"とお!"と大ジャンプをかまし、そのままの勢いで抱きついてきた。
うおおーっ!ちょ、ま、え!?支えられないィィィ!
おもいっきり倒れそうになった私を十四松くんが咄嗟に抱き締め、そのまま川原をゴロゴロと転がる。
「こんにちは!凛ちゃん!仕事帰りっすか!?」
『おかえり〜十四松くん。元気なのはいいんだけど、今度から待てを覚えようか。お姉さん若くないからさ』
もろもろガタがくる年頃なんだよ?毎年の健康診断なんか、ドキドキしながら受けてるかんね?
「うん!ぼくまておぼえるね!」
返事はいいんだけどなぁ。十四松くんのしつけって大変そう。
『今からいつものとこ行くけど、十四松くんも一緒に行く?』
「いくー!」
『いーちゃん来てるかなー?』
「来てるかなー?」
私の声に反復してみせる十四松くん。マジで可愛い。
時より撫で撫でしながらコンビニに寄って餌を調達。
『十四松くん、飲み物何がいい?』
「ぼくハイボールが好きだよ!」
『ハイボールかぁ、流石にあそこで割るのもね……あっ、角ハイ売ってる!角ハイレモンとか美味しそうじゃない?』
「いーんすか?あざーす!」
コンビニ内でも元気一杯な十四松くんを落ち着かせながらいーちゃんの餌も選ぶ。
そういえば、いつも適当にビールを買ってるけど、いーちゃんもハイボールとかのほうがいいのかな?
『ねぇ十四松くん。いーちゃんの好きな物知ってる?』
"んーとね〜"と少し考えて、十四松くんは冷蔵庫の扉をバタンと開ける。……いやいちいちパワフルだな!
「一松兄さんいつもこれ飲んでる!」
と、十四松くんが差し出したのは、アルコールではなくドクターペッパー。
……なんか久しぶりに見たな。コンビニに売ってたんだ。てかお酒じゃないけど。しかしドクターペッパーが好きって………可愛すぎだろーがァァァ!!
おっと落ち着け自分。最近いーちゃんのことになると脳内妄想が激しくなるな。ちょっと控えなくては。
『じゃあ今日はそれを買っていこうか!』
そうしてコンビニで会計を済ませ、いつもの路地裏に足を運んだものの、目的の人物はいなかった。
『が〜ん!せっかくいーちゃんの喜ぶ顔が見れると思ったのに〜!』
「へこみ〜」
『へこみ〜』
十四松くんがだらん、と項垂れるのを真似する。
いないなら仕方ない。それに今日は十四松くんがいるんだから。
パッと顔を上げて『じゃあ二人で楽しんじゃおう!』と言えば、十四松くんはまた向日葵みたいな満面の笑顔を見せてくれた。
あ〜、可愛い!いーちゃんとは別の可愛さがある。癒されるわ〜。
先に猫たちににぼしを差し出すが、食い付きが悪い。………うん、これはもういーちゃんに貰った後だな。
猫たちの様子でいーちゃんが来たか分かるから、ちょっと安心。
事故に遭ってないか、他の人間に拾われてないか……って、私ほんといーちゃんを猫として見てるな。
猫に餌も与えたし、隣で尻尾振って待てしている十四松くんにもご褒美をあげなきゃね。
『よ〜しよし、ちゃんと待てできて偉いね〜。それじゃぁ乾杯しよっか!』
「やったー!」
"かんぱーい"と缶と缶をぶつけあってアルコールを口にする。
んー!角ハイけっこうイケる!おいしー!
隣でグビグビ飲んでる十四松くん。十四松くんはお酒強そうだなぁ。
そういえば、十四松くんの声、どっかで聞いたことあるって思ってから全然思い出せずにいるんだよね〜。
「ぷはー!凛ちゃんこれすっげーうまいね!」
『うん、初めて飲んだけどほんとおいしー!……ねぇ十四松くん、十四松くんってもうちょっと低い声とか出せる?』
ほら神声松も最初分かんなかったけど、たまに出す低い声は兵長そのものだったし!
「低い声!?出せるよ!ぼく、兄弟の声マネ出来るし!」
十四松くんの言葉に目を見開く。兄弟の声マネだと!?
「"俺、おそ松!"これがおそ松兄さんでしょー」
確かに一言目のその声は聞き覚えがある。……赤パーカー松だ。
「"…フッ、俺がカラ松だ"これがカラ松兄さん!」
カラ松……あ、グラサン松か!あれ、そういや声初めて聞いたかも。
「"ぼ、ぼぼぼぼ僕は、ま、まままま松野チョロ松です!"これがチョロ松兄さんでー」
んん!?ちょ、え、待て待て待て、神声松のマネも出来るだとォォォォ!?
驚きのあまり絶句していれば、十四松くんは次々と兄弟の声マネを続ける。
「"……松野一松"これが一松兄さん!で、"松野トド松だよ。気軽にトッティって呼んでね"これがトド松!似てるでしょ!」
いや似てるなんてもんじゃない。いーちゃんなんて完璧だ。なんだこれ、最高の神声松はむしろ十四松くんではないか。
『……ちょっと十四松くん。三男の声でもっと低い声とか出せるでしょうかね?できれば"失せろブス"と言ってもらいたいんですが……』
ごくり、と喉を鳴らす。
「チョロ松兄さん!?えっとねぇ……"失せろブス!"……どお?」
きたこれー!!兵長きたこれー!!
『あああ、十四松くん、ごめん、もう一回いい?スマホに録音するから!……はいっ、お願い!「"…失せろブス!"」ありがとうございますゥゥゥゥゥ!!家宝にいたしやす!!』
「あはは!変な凛ちゃん!」
ですよねー!不審者極まりないよねー!でもほんとご馳走様っ!!ありがとう十四松くん!!
しばらくスマホでリピート再生し、散々悶え落ち着いたところで当初の目的を思い出す。
『……あ、そうだった。脱線したけど、十四松くんの低い声聞かせてくれる?』
「ぼく?ん〜、あ〜あ〜あ〜……"ぼく、十四松!"」
ん!?んん!?ちょ、ちょっと待て……いやいや……嘘だろ?まさか……。
『じ、十四松くん……その声で、"私の名は、エルヴィン・スミス"って言ってもらっていい?』
「?"……私の名は、エルヴィン・スミス"?」
び、び、ビクトリーィィィィィ!!
『エルヴィーーーン!!』
感極まって、思わず十四松くんに抱きつく。
完璧だよ!完全に団長だったよ!聞いたことあるわけだよ!まさか松6に団長と兵長が隠されていただなんて!!
「えるびん!?ぼく十四松だよ!」
『そう!君は十四松くんだけど、私にとってはエルヴィンでもあるの!あぁ、まさか十四松くんまで神声松だったなんて!ありがとう!もうほんと感謝しかないよ!』
よしよし、と団長……もとい十四松くんを撫で撫ですれば、十四松くんは嬉しそうに頬を染める。
「なんかよく分かんないけど、凛ちゃんが喜んでくれるなら、ぼく凛ちゃんの"えるびん"になるよ!」
と可愛らしいことを言ってくれた十四松くんを思う存分撫でくりまわしたのだった。
■そのあとの松野家■
「一松兄さんおみやげっす!」
「……(ドクターペッパー…)……ありがと。でもどうしたの、これ。」
「凛ちゃんが一松兄さんにって!」
「……あぁ、行ったんだ、今日。」
「野球の帰りにあった!ぼく、凛ちゃんのえるびんになったんだー!」
「……は?エルヴィン?……なにそれ。」
「よく分かんない!」
「(……なにそれ。すっげぇ気になるんだけど……。)」