モブ生活始めました。
□誘拐をお手伝い
1ページ/1ページ
この世界になって初めて残業を経験したその日、私はあれからちょくちょく訪れていた屋台に顔を出したのだが、どうやらあの気の良い店主に何かあったらしい。
暖簾をくぐると一人、「てやんでぃ、バーロー!ちくしょー!!」を繰返しながら酒を煽っていたのだ。
『……あのぉ、何かあったんですか?』
この一言がすべての始まりであった………。
「聞いてくれるか、姉ちゃん!うちにはとんでもねぇクズでニートな6つ子の常連客がくるんだけどよ、そいつらが毎回毎回ツケて飲み食いしやがって、今日だって6人合わせて16円しか払わなかったんだぜ?おいらの丹精込めたおでんがたったの16円ったぁどういうことだバーローちくしょー!!」
おぉ……そいつはちょっとひどい話だ。こんな安くて美味しいおでんをツケまくっているなんて。
……だが店主の言葉に1つ引っかかる。…………6つ子?
………え、いやいや、まさかね。
ちらり、と脳内に浮かぶモブ6たち。
「姉ちゃん知らねぇのか?この辺じゃ昔っから有名な6つ子の兄弟だぞ?」
店主の言葉に意を決してそのもしかして、と思われる人物たちの特徴を伝えてみる。
『それって、赤パーカー、グラサン、緑シャツ、猫背、バタフライ、スタバァのどれかに当てはまります?』
「あー、たぶん全部当てはまる。みんなおんなじ顔だろ?まぁ個性はあるけどよぉ、揃いも揃ってニートでクズときちゃぁ救いようがねぇってもんよ」
ーーーま、まさかの6つ子だとォォォ!?いーちゃんが6つ子!?兵長が6つ子!?モブA、B、Cとかじゃなかったぁぁぁぁ!?だからいっつも一緒に行動してたの!?
てかニート!?いや警察じゃなかった!?クビになったのいーちゃん!?
マジで本格的な野良猫なのか、と内心いーちゃんを物凄く心配している私をよそに、店主はツケを返済してもらうべくとんでもない計画を立て始めた。……6つ子の一人、カラ松を誘拐すると。
………カラ松って誰?
話を聞くと、どうやら6つ子の次男で、なんとあのいーちゃんの敵、グラサンモブ6であることが判明。……それ、協力するしかなくね?いーちゃんの恨み、晴らすべきじゃね?
というわけで只今私は、おでん屋の店主とモブ6の家に潜入中であります!ってマジか!自分でもびっくりだよ!不法侵入だよ!しかもうちのご近所だよ!
なんだか小慣れた様子で2階の窓から侵入の合図を送る店主。……まじか。裏口とかじゃないんだ。
……えーと、おじゃましまーす。
暗くてよく見えない。スマホのライトをつけて部屋の中を確認。
……モブ6いたァァァ!一緒の布団に寝てるゥゥゥ!
誰が誰か全く分からないが、いーちゃんだけは分かる。あの毛並み!間違いなく端っこにいるのはいーちゃんだ。
『……て、天使の寝顔きたこれ』
やべぇ、とんでもなくいーちゃん可愛いよこれ。写メってもいいかな?犯罪かな?でももう不法侵入してるし。一枚くらいよくね?
カシャッ。思わず欲望に勝てず一枚。
「姉ちゃん何やってんでぃ!さっさとカラ松誘拐するぞ!」
そう言っていーちゃんの隣りに寝ていたモブ6を迷いもなく縄でくくりつけ、連れ出そうとする店主。……え、本当にそれグラサンモブ6?全く見分けつかないけど。ってかいーちゃんの隣りで寝てやがるのかコイツ!!もはやグラサンモブ6でなくても制裁対象だわ!
……しかしここまできたら兵長がどれかも気になる。まぁ声聞けないから知ってもあれだけど。
いーちゃんの天使の寝顔に後ろ髪を引かれつつも、いつの間にかモブ6を担いで窓から出ようとする店主に私も急いでその場を離れようとした時だった。
「………失せろブス」
へ、兵長ォォォォォ!!??
バッ、と振り返るも、誰も起きた様子はない。おそらく寝言だ。しかしながらとんでもないご褒美である。なんで録音してなかった私!ガッデム!
畳に頭を叩き付けていた私を見かねた店主が連れ出し、私はモブ6の家を後にした。
敵であるグラサンモブ6は、店主がリヤカーに乗せて海に連れて行くらしい。
私は十分目的は果たしたし、店主に見送ってもらいマンションに帰った。
ヤバい、兵長の声が耳から離れない。
いーちゃんの寝顔写真を見て心を落ち着かせなくては。
その後グラサンモブ6がどうなったかは知らない。