utpr(中・長編)

□BIRTHDAY
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トキヤは夢を見た。それは過去に起こった…トキヤにとって一生忘れないであろう記憶だった。

♢♢♢♢♢♢♢

いつも通りの日常。それがずっと続くものだと12歳のトキヤは思っていた。
その頃のトキヤは一回り年の離れた兄のハヤトと一緒に暮らしていた。両親は随分前に離婚し、今までトキヤ達を育ててくれた母親も半年前に他界した。父親の所へ行くという選択肢もあったが、ハヤトは既に自立していたのでトキヤはハヤトと共に暮らすことにしたのだ。ハヤトは忙しく、中々一緒に過ごせなかったがそれでもこの生活がトキヤにとっては幸せだった。

しかしある時事態は一変する。トキヤ達の住むマンションで火事が起こったのだ。その日は8月6日…トキヤとハヤトの誕生日だった。トキヤ達は2階に住んでおり、火事が起こったのは4階だったので脱出は容易だった。
「トキヤ!よかったぁ〜無事だったんだねっ、どこも怪我してない?」
ハヤトはトキヤをみつけるなりこちらへ駆け寄ってきた。
「ええ、大丈夫ですよ兄さん。」
「このマンションで火事が起こったっていうから心配で…でも本当よかったにゃぁ」
そういうハヤトの目にはうっすら涙が浮かんでいた。よほどトキヤが心配だったらしい。
「それよりも兄さん、早くお仕事に戻らなくていいのですか?」
「うん、そうだね。ハヤト兄ちゃん頑張ってくるねっ」
「はい、無茶はしないでくださいね」
「じゃあ、ここで大人しくしてるんだぞ〜!」
そう言ってハヤトは消火活動に戻っていった。
火は収まる気配を見せず強まっていく一方だった。トキヤはなんとか無事に収まるよう少し離れた所から見守っていたのだが、突然野次馬の一人があそこに子供がいる、と騒ぎ出したのだ。見ると5階から6歳位の赤い髪の子が煙から逃れるように必死に窓から身を乗り出し、
「だれかぁぁ!たすけてぇぇぇ!」
と叫んでいるのが見えた。あたりはたちまち騒然となった。このマンションの付近の路地は路地は狭くて、はしご車が入れるスペースはない。トキヤはふと兄の方をみると他の消防隊員と何か言い争っていた。
「なんでですか!僕に行かせてください!あの子を助けたいんです!」
「でも…危険すぎる。絶対あの子供を助けて戻って来れるのか?」
「絶対、助けてみせます。それが僕らの仕事ですから…」
トキヤはハッとした。これで兄が戻って来なかったらどうしよう、と。
「兄さん!」
「トキヤ?だめだよ、こっちは危ないよっ!」
「で、でも…」
「大丈夫、大丈夫だよ、トキヤ。」
「…!」
「兄ちゃんは絶対戻ってくるよっ…帰ったら一緒に誕生日のお祝いしようね!」
「…絶対、無事に戻ってきてください…」
「あたり前だよ!ハヤト兄ちゃんにできないことなんてないんだから…だから、まっててね」
そういってハヤトは炎に包まれたマンションへ飛び込んでいった。”まってて”…ハヤトはそう言ったがトキヤは不安で仕方なかった。もう2度と帰ってこないような…ハヤトがどこか遠くへ行ってしまうような気がした。


結果、その男の子は無事に救出された。右腕に火傷を負い、煙を少し吸ってしまったようだが命に別状はないらしかった。一方のハヤトは全身に大火傷を負ってしまった。男の子を助け、マンションから出てきたハヤトはボロボロだった。おそらく炎からずっと男の子をかばい続けていたのだろう。防火服も焦げ、煙も大分吸ってしまったらしい。大至急救急車に乗せられ、トキヤもそれに付き添った。
「に、にい…さ…」
「ト…キヤ…?そんな、泣かない、で……ハヤト兄ちゃん、は…ほら、元気、だよ…?」
「……っぅ、兄さん、はっ…嘘つき、ですっ…一緒に、お祝いする、て、いったのに…」
「う、ん…ごめん、ごめんね…?トキヤ…」
そのあともハヤトはずっとごめん、と繰り返していた。
病院に着くと、すぐに手術が行われた。手術室の前ではもう随分と疎遠だった父が既に待っていた。
「…とう、さ…」
「トキヤ…すまない、つらかったろう…」
「うっ…に、にいさん、が」
「ハヤトはきっと、大丈夫だよ。戻ってくる…信じよう。」
「…っは、い…」

手術が終わり手術室から執刀医が出てきたかその表情はとても暗いものだった。まさか、と思ったがそのトキヤの予感は的中した

「全力は尽くしましたが…残念ながら…息子さんは…」

父はその場に泣き崩れ、トキヤはただ呆然としているしかできなかった。現実が受け入れられなかった。
『どうして…兄さんが…一緒に、誕生日お祝いすると言ったのに…』

「やっぱり、兄さんは嘘つきですっ…」

霊安室に安置されているハヤトの顔は綺麗ではなかったが美しかった。触るとヒヤリ、と今までに感じたことのない冷たさだった。冬の寒い日のハヤトの手でさえももっと暖かかったのに、とトキヤは思った。

毎年楽しかった誕生日は、その年から悲しい誕生日になってしまった。

「兄さん────」


♢♢♢♢♢♢♢♢

「…ャ、ト…ヤ、もートキヤってば!!」
「んぅ…?おと、や?」
騒がしい声に目を覚ませば、目の前には真っ赤な髪をした男がいた。あの時、ハヤトが命懸けで助けた少年である。
「…トキヤ、もしかして泣いてる?」
「え……ああ、本当ですね」
「何か怖い夢でも見たの?なんかうなされてたからさ」
「さあ…あまり覚えてませんね…」
「それよりもトキヤ、もう時間だよ〜早く行こ!」
「そうですね」


あの火事のあと、トキヤは父親と共に暮らし始めた。ハヤトが死んでしまったショックから抜け出すのには少々時間がかかってしまったが。その代わりといってはなんだがトキヤには目標ができた。消防士になることだ。
『死んだ兄さんのように…立派な消防士になるんです』
もともとそこまで体力があるわけではなかったので苦労はしたがコツコツ努力し、晴れて消防士になったのだ。

それで、なんの因果かハヤトが助けたあの赤い髪の少年…一十木音也が半年前、トキヤの勤務している消防署に新米消防士としてやってきたのにはトキヤも驚いた。なんでも自分を助けてくれた消防士のように沢山の人を救えるような消防士になりたかったらしい。命懸けで守った少年がハヤトに憧れて消防士になったと兄がしれば喜ぶかもしれない、とトキヤは思った。


それでまたまたなぜかはわからないがトキヤと音也はルームシェアをしている。それは半年前、音也が消防署にやってきた日のことだ。消防学校に通っていた頃は寮に住んでいたのでよかったが今は住むところもお金もないと、そうトキヤに言ってきたのだ。トキヤがちょうど音也の教育係となっていたのと、寿嶺二という先輩からの命令もあり、流れで一緒に住むことになってしまった。元々一人で住んでいた部屋にいきなり2人で住むのは狭いことこの上なかったし、音也はなにかとトキヤトキヤとせわしなかったが当のトキヤはこの半年でもう慣れてしまった。

そして今日は夜勤なので少し仮眠をとってから消防署へ向かった。音也も一緒である。

「そういえば…もうすぐで8月なんですね。」
「…そうだね。そういえば、俺が消防士になってからまだ殆ど出動してないや〜それっていいことだよね。ずっとこんな日が続けばいいのに…」
「…ええ、火事には私もあなたもいい思いではありませんし。」
「でもトキヤがあのハヤトさんの弟っていうの、少しビックリしたな。だって顔がそっくり…っていうか瓜二つなんだもん。」
「それはまあ…兄弟ですからね」
「それでも双子なんじゃないかってくらい似てるし…本当ハヤトさんみたい」
「私は兄ではありませんし…それに性格だって真逆です」
「でも、ハヤトさんは俺にとってはずっとヒーローだし、ずっとカッコいい人なんだ。俺の憧れ。」
「それは私もです。兄はずっと優しくてカッコいい人で…とても大好きな人ですよ。」
「あ、なんかごめんね…トキヤ、お兄さん…ハヤトさん亡くしてつらい思いしたのにこんな話題になっちゃって」
「いいんですよ。あなたも家族を失ってしまっているでしょう?お互い様です。」
トキヤがあの火事でハヤトを亡くしたように、音也もまた母親を亡くしていたのだ。
「うん…トキヤって優しいよね」
「そう、でしょうか」
「うん、そうだよ。そんなトキヤのこと…俺、大好きだよ」
「あなたの好きは軽いですね。まあでも私も音也のことは兄の次に好きですよ。」
「それって喜んでいいんだよね?」
「ええ、まあそれはあなたの捉え方次第でしょうね。」
「ははっ、トキヤらしいよ」

そんなたわいもない会話をしていると先輩である嶺二がやってきた。

「おつかれちゃーん!音やん、トッキー!」
「ああ、お疲れ様です、寿さん」
「あ、嶺ちゃん!お疲れ様〜」

それから嶺二も交わってなんでもない会話をする。時間は刻々と過ぎていく。その日は静かな夜だった。

それから一週間後、8月5日のこと。夕方ののどかな一時に緊急出動要請が入った。
「デパートで火事!?」
「ええ…そのようです。老舗のデパートで3階のトイレから出火したようです。恐らく不審火でしょうね」
「デパートって人が沢山いるから…早く消火しないと」
「……わかっていますよ。」

現場は騒然としていた。人々はパニックに陥っており避難誘導がうまくいっていないようだった。その間にもどんどんと炎の勢いは増すばかりだ。
音也やトキヤらは懸命に消火活動を行った。あたりはもう暗く鳴り始めていた。
「なかなか火がおさまりませんね…」
「あ!トキヤ見て!あそこに人が!」
「…!どこです!」
音也が指さす方を見れば3階から1組の親子が見えた。まだデパート館内には逃げ遅れた人がいるようだ。
「救出にいきましょう」
「当然!」
さて行こうとしたとき、嶺二が声を掛けてきた。
「音やん、トッキー!」
「寿さん?」
「…救出にいくの?」
「もちろんだよ!そのために消防士になったんだもん!」
「…!そっか…くれぐれも、気をつけてね。ハヤトみたいにならないように…」
「…なぜ寿さんが兄のことを?」
「あれ、いってなかった?ハヤトは僕ちんの同僚だったんだよ」
「そう、だったんですか…」
「大丈夫だよ!絶対あの人たち助けて戻ってくるよ!信じて、嶺ちゃん」
「そうですね…私たちに任せてください」
「ははっ…後輩なのにすっかり頼もしくなって…うん、信じて待ってるよ。火の方は頑張って止めるから。」
「はい!」


はしご車をつかい先の親子は無事救出したが、話をきくと奥にもまだ人がいるらしかった。
「準備はいいですか?」
「もちろんだよ!」

いざ館内にはいるとすごい煙と炎だった。声をあげつつ慎重に進んでゆく。
「あ、トキヤ!あの奥!」
そう言って音也が示した先に4人の人たちがうずくまっているのがみえた。
「…!早く救助しましょう!」
駆けつけると、老夫婦と初老の男、それにまだ若そうな女性がそこにはいた。男と老夫婦の夫の方は幸い自力で歩けそうだったが妻の方は足を負傷し、女性は意識を失っていた。
「トキヤはそのお姉さんをお願い。俺はお婆さんの方を担いでいくよ。」
「分かりました。急ぎましょう。」

火の手は先程より少し広がっていたようだったが、4人を無事救出する事ができた。トキヤと音也は揃って安堵したのも束の間、さっきまで気を失っていた女性がこう言ったのだ。

『まだあの中に息子がいる───』と







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