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□初雪
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──初雪


寒くて目が覚めた。
いつもの朝とは少し違う。
冬の匂いが微かにし、そういえば…と、昨日の天気予報を思い出した。
重い瞼をなんとか開け、まだあまり意識がはっきりしないまま布団から起き上がり、光を遮っていたカーテンを少し開けると、遙は眩しさに目を眩ませた。眩しさの原因は陽の光だけではない。うっすらとだが、確かに積もっていた。何の汚れもない、真っ白な雪が。
昨日の天気予報では、こっちの地方で初雪を観測するだろうと言っていたのだが、天気予報は正直宛てにならない。だからそこまで信じていなかったし、気にもとめていなかった。

さすがに雪を見てから冷たい水風呂に入る気分にはならない。最近は肌寒かったこともあり、ぬるま湯に入っていたが、今は暖かいお湯に浸かって、すっかり冷えた身体を暖めたいと思った。

お湯は気持ちが良い。心身共に癒される。勿論水の方が好きだし癒されるものだが、冬場のお風呂は夏場よりもなんだか幸せな気分になる。暖かさが身に染みるからだろうか。
全身が暖まり、なんだかうとうとしてきた頃、裏口がうるさくガタガタと開く音が聞こえた。誰かが入ってきたのだ。平日のこの時間帯に、裏口から入ってくる奴なんて1人しかいない。


「やっぱりここかぁ。おはよ、ハル」


そう言って眉毛を八の字に垂れ下げ、優しく微笑みながら遙に手を差し伸べる男は、遙の幼馴染みの橘真琴だ。遙は真琴の手を掴み、真琴に引き上げられて浴室を後にした。


「ハルぅ、また遅刻しちゃうから急いでね?」

呑気に鯖を焼く遙と腕時計を交互に見ながらそう言う真琴の頬と耳はほんのり赤い。

「外、寒いのか」
「うん、雪積もっちゃってる」

だから赤いのか。
1人で納得した遙は、焼き上がった鯖を皿に移し、たまたま置いてあった食パンも一緒にテーブルへと運ぶ。

こんがりと焼き上がった鯖を一口食べ、食パンを一口かじる。足元がなんだか寒い。そろそろ炬燵を出した方がいいか…なんて考えてると

「そろそろ炬燵、出した方がいいんじゃない?」

テーブルに肘を付き黙って遙を見ていた真琴が笑みを浮かべながらそう言った。
真琴に心を読まれることは、慣れてしまった。それでもつい癖で

「…なんでわかったんだ」

と聞いてしまう。
真琴は決まって

「ハルの顔がそう言ってたから」

と答える。
正直意味がわからない。自分はそんなに思ったことが顔に出やすい人だろうか。いくら顔に出やすいからって、「そろそろ炬燵を出した方がいい」なんて顔はしていないはずだし、そんな顔、遙は知らない。
でも、こんなことをごちゃごちゃ考えていたら折角の鯖が美味しくなくなる気がするから、考えることを放棄して再び食事に戻る。

ようやく食べ終わった頃には時間はかなりギリギリだった。それでも遙は急がない。急いで急いでとうるさくしているのは真琴だけだ。そんなに早く行きたいなら先に行けばいいのに…と思いながら制服に着替えてると

「先に行けばいいのにって思っただろ。だめだよ、俺が1人で行ったらハル、そのまま休むだろ?」

と真琴なりに怒っているつもりなのだろうか、眉間に皺を寄せながらそう言ってきた。しかし、眉間に寄った皺はすぐになくなり、眉毛を八の字に垂れ下げて

「っていうのはほとんど口実で、ほんとは俺がハルと一緒に行きたいだけだよ」

と、照れ臭そうに頬を赤らめながら言ってきた。
真琴の照れが移ったのか、遙の頬も赤くなってしまった。外は雪景色、如何にも寒そうな天気なのに、遙の頬は熱を持ってしまっていた。頬に雪を付けて今すぐ冷やしたい。そんな馬鹿げたことまで考えてしまった。

(真琴のばーか)

内心そう思ったが、口にする必要はない。どうせ真琴のことだ、遙が心の中で何を呟いたのかなんてわかってしまうのだろう。

真琴の笑みに腹が立ちながらも制服に着替え終わり、コートを着て

「早くしろ、真琴」

と靴を履いて家を出れば

「もー、それ俺の台詞だよハル〜」

と、声だけで表情がわかってしまうくらいに情けないだらしのない声が聞こえてきて、思わず口角が上がってしまった。
 

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