□清純を独り占め
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「あんたが千石君をたぶらかしたんでしょ!最低!」

いやいやそれおかしいですって。そう思ったと同時に発言しようと口を開いたその瞬間頬に痛みが走っていた。あまりに突然だったもので頭の中に疑問符を閃かせることしか出来ずに数秒。瞬きをしながらやっと、目の前の女の子にビンタをされたのだと理解できた。
何が起こったのか正しく整理されると次は何十個もの反論とか言い返したいこと文句とかが沸いてきたのに、彼女は怒りに満ちた目に涙を溜めながらもう一度「最低!」と叫ぶように言って足早に去って行った。
残ったのは不完全燃焼でその場に立ち尽くす私と、じわじわ残る左の頬の熱だけ。

こうなったのは間違いなく私の彼のせいで、私のせいではない。第一たぶらかしてないし。第二に彼はあなたのものじゃないし。まあ気持ちは分からなくもないんだけどさ。だけどあなたは私に怒鳴って暴力振るって少しは発散できたのかもしれないけど、私はこのもやもやした気持ちをどこにぶつければいい訳?

…いやしかし頬打たれたのなんて、初めてだ。
全力で叩かれたみたいだけど赤くなってないだろうか、年頃の乙女としては顔を腫らして歩くなんてみっともないことしたくないのでとりあえず鏡で確認してそれから見て分かるようなら冷やして…。ああ、ほんのり赤いや。まあ水道近いからよかった。


「…あれ?■■ちゃんまだ学校残ってたの?」

うーん、運命。まさかこのタイミングで会うとは。さっきのいざこざの原因である本人は何も知らず呑気な顔をして私に笑いかける。どうやら給水機に水を飲みに来たらしい。

「あ、もしかして俺の事待っててくれてるとか?いやぁ、ラッキーだなぁ!今日は一緒に帰ってくれるんだ?」

私は何も言ってないのに勝手な推測を現実にしようとしてくるこの押しの強さ。ため息が出るほど、ほんと、こういうところも好きでさ。素直になれずに私が言えないこと、先回りして言ってくれる優しいところ。まあ半分は本人がそうしたいからっていうのもあるかもしれないけれど。
うんともいやとも言わない私の顔を近くで覗き込んで「すごく嬉しいから、帰りにジュース奢ってあげる」なんてまた背中押される。さっきのことがあったからか分からないけど、こういう清純のやること言うこと一つ一つをやっぱり好きだなって再確認してしまう。

そして私の大好きなこの人は、今は私のなんだよ。

「…部活、頑張ってね。待っててあげる」

汗に湿った練習着だけど構わずに顔を埋めて、苦しいって言わせるくらいのつもりで抱き付いた。清純の匂いがたくさんする。今の今まで運動してた体は熱い。
…こうやって抱き付いたっていいのは私だけの特権。だから怒らないし全部許す。

「え、あ、■■ちゃん?嬉しいけど…どうしたの?」


数時間後の帰り道でちゃんと説明してあげるから、今ほんの少しだけ独り占めさせておいてね。あなたの彼女でいるのって案外大変なんだから。

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