□清純と授業
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この先生の授業って、本当につまんない。くるくると指先でシャープペンシルを弄びながらそう思う。授業内容自体は嫌いじゃないのにこの人のせいで全く興味が持てなくなりそう。いっそ私の隣の席の彼みたいにうとうとと意識を手放すことが出来たらいいのになと羨ましくなる。

…彼はテニス部でエースの千石清純君。
明るいし優しいし、クラスでも中心になってるくらい活発な人。女の子が好き、らしい。あと、この歴史の授業はあまり好きでないみたい。彼の明るいオレンジ色の髪の毛は日に当たって眩しい。このくらいしか知らない。
席は近いけど話したことはほとんどない。私って彼と正反対と言っていいほど地味だし。

「じゃあ次、38ページの二段落目から読んで」

板書を終えた先生が気だるげな声で言う。千石君の前の席の子がこれまただるそうに教科書を読み上げていく。ああ、教室全体がどんよりしてる気がする。窓の外の晴れ渡った空がとてもとても遠く感じるほどだ。

…視界の端でかくん、と首が揺れる。もちろん、千石君のだ。彼、次当てられるんだけどな。時計を見てもまだまだ終わりそうにないし、確実に読まされるだろう。ほっといても起きそうに無いな。朝練で疲れているのかな。

彼があの先生にねちっこく怒られたって私は困らないんだけど、見て見ぬフリするのも悪いような気がして。だからってわざわざ起こすのもなぁ。ねぇ。

「はい、そこまで。ええと、ここはですねぇ…」

先生がチョークを持った。一度板書しだすと長いから、今がチャンス、かも。私はそっと体を傾けて、シャーペンの持つ方で彼の肩の辺りをつんつんと突いた…起きない。もう!

「…千石君、」

極力小さな声で呼びかけると、ぴくりとその体が反応したようだった。早く伝えてしまって、出来る限りの事はしたと自分を納得させたかったので私はそのまま早口に続ける。

「次、当てられるよ。教科書、読むの…」

「…え、どこ…?」

「39ページの、」


あっ、と思ったその瞬間にイラついたような声が確実にこちらに向かって飛んできた。

「私語をすんな!■■!」

「…す、すみません…」

余計なお節介をした結果がこれだよ、もう。授業とか真面目に受けてるし目立ったこともしないから先生に怒られたのなんて初めてだ。怖くは無いけど嫌にドキドキする。
細く長く溜息をつく私に千石君はゴメンとジェスチャーしているようだったが、もう目をつけられたくないので適当に数度頷いておくだけにしておいた。

「…次、読め」

「はい、えーっと、」

ページ数しか言えなかったけど、どこからかは内容から何となく分かったらしい。千石君が淀みなく教科書を読み上げる。いい声だな。千石君の声結構好きだから、本人は面倒かもしれないけど彼が教科書読むの当てられるの少し楽しみにしてるんだよね。

…そしてその後は何事もなく授業が終わり。教科書を片付けていたら千石君が私の机に椅子を寄せてきた。

「さっきはありがとうね。助かったよ」

「…えっと、どういたしまして」

そんな嫌味のない明るい笑顔を向けられると、先生に怒られはしたけれどまあよかったかななんて思っちゃう。


「ずっと俺のこと見ててくれたんだよね、ラッキーだなぁ」

「…!いや、その、たまたま…」

そうか、そんな風に受け取られることがあるんだ…!別にそんなに意識していたつもりはないからすっごく恥ずかしい。どうせ次の授業もここであるのに、逃げるようにトイレに一時避難を決め込む私の背中に彼の楽しげな笑い声が届く。もう絶対起こしてなんかあげないもん。

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