□観月さんとお茶会
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「だから、それは希望的観測であってまだ事実には成り得ていませんよ。でしょう?」

「でも前述から見ても不自然じゃないもん」

「いえ、不確定要素が多すぎます。それを補うあなたの見解があれば別ですが」

唇を噛む私。しばらくの間。

「………参りました」

溜息と共に降参を宣言して私は重い腰を上げる。観月が勝ち誇ったようにいつもの笑みを浮かべて空になったティーカップをこちらに寄せた。

「さぁ、カップを洗ってきてください」

感情や想像で話を膨らませて物を語る私が理詰めの観月に言い勝つことが出来るはずがない。分かってはいるのだけれど彼との取りとめのない議論自体は面白いから罰ゲームを甘んじて受け入れる。
休日、彼の部活が終わった後の恒例のお茶会。あるテーマについてそれ以上言い返せなくなった方が負けで、敗者は紅茶のポットやカップを洗うなどの後片付けを担当すること。半年ほど続いているこの遊びで、私は彼に勝ったことは無い。もはや後片付けは私の役目に決まっているようなもの。と言っても紅茶を入れてくれたりなどの準備は彼がやってくれるものだから、このくらいはさせてくださいと自ら言ってもいいくらいなんだけど。

「それでは、少々お待ちくださいませ」

私は二人分のティーセットをトレイに乗せて、ウェイトレスさんみたいに恭しくお辞儀をして部屋を出た。流しはすぐ近くだから、そこに置いてある洗剤でカップを洗う。スポンジをくしゅくしゅっとして泡をもりもり立てて。
今日のお茶菓子に持ってきたマドレーヌ、美味しかった。自分で持って来ておいて何だけど、紅茶にも合うしとっても良かったな。また買って持っていこう。…観月は気に入ってくれただろうか。感想を聞くの忘れてた。

…それもだけど。そもそも観月は私とのお茶会楽しいんだろうか。口は悪いけど優しいとこあるしもしかして私に合わせてくれているのかも。会話してても、どう考えても私の方が知識も語彙力も無いし張り合い無いんじゃないだろうか。私の勉強にはなるんだけど…。


「…終わりましたよ、っと」

乾いた布で綺麗に拭いたカップを持って部屋へ戻る。なんだか急に自信なくなってきちゃったなぁ。

「ありがとうございます。いつもの場所に戻しておいてください」

柔らかく微笑む観月に尋ねたいような、聞きたくないような。茶葉の缶が綺麗に並べられたティーセット棚をきちんと整理しながら逡巡…あ、このお茶新しいものだ。次のお茶会ではこれを淹れて欲しいな。そう思ったところで、やっぱり私自身はこの観月との時間をこれからも持っていきたい気持ちが強いことに気付く。


「…ねえねえ、観月は私と話していて少しでも楽しいと思う?一回も言い負かされないと、むしろ退屈?」

やっぱりずばっと聞かないとすっきりしないよね。私は今回のテーマにした本をぱらぱらと捲る観月に近付き、机に手を突いて尋ねた。彼は視線だけをこちらに向け、数度瞬きをした後で含みのある笑い方をした。まるでくだらない小話を聞いた時のように肩を細かく震わせ「んふふ」、と。

「何を不安に思っているのか分かりませんが…こんなお話しできるのは君しかいないですから、安心して負け続けていていいですよ」

指先に柔らかな髪の毛を巻き付け私を見つめる何気ないその表情に、急に心臓が高鳴る。見透かされているような気がして恥ずかしい。だけどその言葉は間違いなく私の欲しいものだったから、ほっとして微妙な愛想笑いを浮かべてみる。


「今日君が持ってきてくれたマドレーヌ、とてもいい味がしました。来週も持ってきてくれると嬉しいのですが?」

「よ、喜んで!あ、次はもっと考えさせるような発言するから覚悟しててよね!」

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