□清純と雨
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雨の為今日は早めに練習を切り上げ、部室で携帯を開くとメールが一件来ていた。絵文字も顔文字も無い素気ない文面はそれだけ慣れてる証拠、なのだと思う。こんな見え透いた文章でもかわいいなんて思っちゃうのは惚れた弱みかな?

『一緒に帰ろう。下駄箱で待ってるので』

どうせ傘持ってきてないんだろうな。降水確率90%なのに。朝からずっと雲り空なのに。家出るとき降ってなかったら傘持ってくるの忘れるんだよねって前言ってたし。しっかし、こういう時しか一緒に帰ろうなんて言わないんだよなぁ、■■。もっと甘えてくれたっていいのに。
俺は部室からいち早く出ていって、■■が待つ下駄箱へ早足で向かう。その、途中。

「…あれ?」

体育館の屋根の下で女の子が困った顔してる。今にも雨の中走り出しそうな感じだなぁ…よし。

「どーしたの?そんな困った顔して。傘無いの?」

ひらひらと手を振って話しかけると、彼女は驚いたように口を開けた。確か2年の子だ。スポーツ大会で見た時かわいいなあって思ってたんだよね。

「…部室棟に置いて来てしまって」

「そっかー…じゃ、そこまで送ってあげるから入りなよ」

「いえ、でも、先輩部室棟から来たんじゃ…」

「いいのいいの、短い距離とはいえ雨に濡れそうな女の子を放っておけないからさ」

スポーツでは結構大胆に攻める子だと思ったけど、話してみるとこんな遠慮しいな子なんだね。少し強引に傘の中に引き入れて今来た道を今度は二人で戻る。ちょうど部室から出てきた南がまたかというような顔をしていた。ただの親切なのにそんな目で見んなよなと心の中で突っ込む。
彼女は丁寧にお辞儀をして部室棟に入っていった。さて、早く下駄箱行かなきゃね。■■は気が長い方じゃ無いからあんまり待たせると傘無しで帰っちゃうかもしれない…いや、そこまで無鉄砲じゃないと思うけど。

…そう思って小走りで下駄箱に向かったのに、なんとまさか■■がいない。もしかしてほんとに帰っちゃった、とか?小首を傾げてとりあえず何か来てないか携帯電話を見てみると、新着メール。

『ごめん。やっぱり先帰るね』

何でほんの5分が待てないかな、■■は。まだ走ったらすぐ追いつく距離のはずだからと、ズボンが濡れるのも気にせず駆け足で学校を出る。水たまりを踏みつけながら走ること、30秒ほど。前方に見える後ろ姿は見間違うはずも無い彼女のものだった。水玉模様の小さな折りたたみ傘が■■の頭上で歩くのに合わせて揺れる。

「ちょ、ちょっと■■!」

「…あ、清純だ。追いつかれた」

俺が話しかけるまで、大袈裟なくらいのこちらの足音に振り向きもせず早足に歩いていたところを見ると、わざと気付かないふりをしてたんじゃないかなんて勘繰ってしまう。理由までは分からないけど。

「…傘、持ってないもんだと思ってたよ」

「今日は持ってたんだよー」

ふふんと、どや顔。彼女にその顔をされると俺の方が身長高いのに見下ろされてる気分になる。

「だったら珍しいね」

「何が?」

やっと■■の隣を同じペースで歩けるようになった。てゆうか■■の傘は折り畳みだから肩とか鞄濡れてる。これだったら俺の傘に一緒に入った方がマシじゃないかな。

「■■が用も無いのに一緒に帰ろうなんて言ってくれるの、珍しいじゃん。もちろん大歓迎だけどさ」

「ま、結局先に帰ったけどね」

曇天とは正反対のからっとした言い様。こういうさばさばしたところも気に入ってるし、その反面ナイーブで甘え下手なところもかわいいんだよね。
つい俺は彼女の体が濡れてくのを見てられなくて、傘を半分彼女の方に寄せた。折り畳み傘ごと覆うように。しかし■■は急に小走りで1メートルほど距離を取り振り返って、唇をほんの少し尖らせつまらなそうな顔。

「今日はそこ入りたくない。…ほら、せっかく傘、持ってきたし。珍しく」

…後半は付け足したように聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。取り繕うみたいにくるりと傘を回しながら顔を逸らしたのも怪しいし。
ここまでヒント出されたら何となく■■が先に帰った理由も今の言葉も意味が分かってくる。自分の中で辻褄が合っていくほど嬉しい気持ちになるなんて言ったら■■はどんな顔するかな。

「そっか。瑠璃も嫉妬してくれることあるんだね」

「…別に嫉妬なんてしてませんけれども」

もう、俺から逃げるみたいな早足になってる。誤魔化すの下手なんだから。
実はちょっと不安だったんだよね、■■が嫉妬してるの見たこと無くて。俺が学校でいくら女の子と仲良くしてても、デート中に女の子見てても■■ったら何も言わないし機嫌悪くするようなことしなかったし。こんなのおかしいかもしれないけど、ちょっとくらいはやきもち焼いて欲しかったんだ。

「嫉妬されてるってことは、それだけ愛されてるってことだよね?嬉しいなぁ」

「だーかーらー!嫉妬も何もしてなんかないってば!」

精一杯虚勢を張る華奢な体に大股で追いついて、不満そうな■■の肩を無理やり抱き寄せる。■■の傘がぶつかって雨粒が制服を濡らすけれどそんなの全然気にならない。

「あぁもう何してんの!清純邪魔!鬱陶しい!」

「俺は■■のこと愛してるよ、■■が他の男と相合傘なんかしてたら相手の男ぶん殴って再起不能にするくらい嫉妬するかもなー。そのくらい瑠璃のこと、」

「私は別にそんなことしないもん!清純と違って心が広いし清純が女の子になら誰にでも親切しちゃう優しい人だって理解してますからね!」

「それって、妬いてたことは認めるってことだよね?」

俺がそう言うと■■は悔しそうに唸って、荒く溜息を吐いて、それから折りたたみ傘を勢いよく閉じた。
ぶつかる様に俺の隣で大人しく歩幅を合わせて、言葉を探しているみたいに俯く。

「…だって。たまには勇気出して帰ろうって誘ったのに、清純が他の子といるの見たらなんかむかっとしたっていうか…よく分かんないよ!」


やばい。そんな表情でそんなかわいいこと言われたらもう離したくなくなっちゃう。いつもの道でそのままバイバイなんて出来ないよ。
どうやって■■を言いくるめてお持ち帰りしようかなんてことを考えながら傘からはみ出て濡れた彼女の肩をより強く抱く。全部雨のせいにしちゃおうかなぁ。

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