□清純と冗談
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「や、■■ちゃん」

俺の声に、■■ちゃんは細かな活字から視線を上げる。お昼休みになると彼女は騒がしい教室を抜け出し裏庭の木の下で一人弁当をつついているのを知っていたから、いつかこうして声をかけてみようと思ってた。いつも一緒にいる子たちが俺のところに来ないうちに、俺と君と二人で話をしたいなと。
俺を見上げる■■ちゃんは、不思議そうな顔をしていた。いつもより隙がある表情にほっとしながら彼女の隣に腰を下ろす。今日の気温は高い方だけれど、程よく風もある為か木陰はかなり涼しくて快適だ。食べかけの弁当と、読みかけの文庫本と。彼女のものだった場所に俺がいるのは不自然なことといってもいいほど珍しいだろうな。

「…どうも」

彼女はすぐに、何事も無かったかのように本を広げる。俺に対してさしたる興味も無いというように。そんな反応されるともっと構ってみたくなって、俺は覗き込むように■■ちゃんの手元に顔を寄せた。

「何読んでんの?」

「本、読んでるの」

「面白い?どんな話?」

「…面白い話だから、面白いですよ」

あ、ちょっと面倒くさそうに眉根を寄せた。こんな顔もするんだ。俺の知ってる彼女はいつも落ち着いていて、クラスでも目立たなくて、だけど良く見るとかわいくて、何考えてるかよく分からない。だから興味があってさ。いつも俺が女の子たちに言う軽口に対する君の反応は、今まで見たことの無いものなんじゃないかって。顔を赤らめるでも照れたようにはにかむでも気を害したように頬を膨らませるでもなく。


「そっか。でもさ、ちょっとだけ、」

本を取り上げると彼女はじいっと俺の目を見つめた。非難でも嫌悪でもなく、俺の思考を透かして見るような視線で。木漏れ日がきらきらと■■ちゃんを包むから、俺は少しだけどきりとする。綺麗だなあと思った。

「その本よりも、俺と面白いことしない?」

■■ちゃんの瞳を見つめ返してそう笑いかけた。上体を捻って彼女との距離を自然に詰める。

「面白いことって?」

「例えばー、キスとかどうかなぁ?」

それでも■■ちゃんは顔色を変えない。仕草はかわいらしく、小首を傾げてはいるものの。さて、次に彼女は何て言うんだろう。本の方が面白いと思う、とか、今のは十分面白く無い冗談だね、とか?うわ、自分で想像してへこんじゃうよ。


「…千石君になら、されてもいいかも。確かに面白いね」

「そーだよねー、やっぱり、って…へ?」

俺は耳を疑ったばかりでなく自分の目も、頭すら正常に働いているのかどうかを疑った。まさか彼女がそんな返答をするなんて思ってなくて、完全に予想外。でもこれってラッキーかも?だって■■ちゃんと一気に距離を縮める絶好のチャンスじゃないか。本当にキスをしようなんてことはもちろん思ってないけど冗談めかしく触れたりして、ほら、仲良くなれそうじゃん。

「じゃあキスしちゃおうっと。ほらほらー」

今日の運勢良すぎて怖いくらいだなぁなんて、朝の占いを思い返しながら■■ちゃんの両肩を掴んでゆっくり顔を近付ける。彼女が冗談でしょうと離れるまで。

しかし■■ちゃんって子は本当に読めない子で、俺はさっきよりもっとどきりとさせられるのだ。


「優しくしてね」

彼女は俺の首に腕を回して、こつんと額と額をぶつける。吐息が交わるほど近くに彼女の顔がある…ほんの少し動いたら唇が触れ合ってしまいそうなくらい。真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうで、呼吸すら忘れるように。

「…なんちゃって」

瞬きも出来ないくらいびっくりしてた俺の体を柔らかく押して距離を取り、■■ちゃんは可笑しそうに笑った。からかうつもりが、ずっとからかわれてたみたいだ。■■ちゃんって本当に不思議な子だな。思わず本気になっちゃいそうなくらい。同時に、本気にさせちゃいたいくらい。


「次は冗談じゃ済まさないからね」

俺はお返しと宣戦布告も兼ねて、今度は冗談抜きに、彼女の薄紅色の頬にキスをした。

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