□清純と弁当
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「すごい!これは美味しそうだなぁ」

自信なくおずおずと弁当箱の蓋を開けると、彼はとても嬉しそうにそう言ってくれたのでまずは一安心。
彼、千石清純に手作り弁当が食べたいなあと何度も言われてやっと実行に移した今日。そうは言われてもなかなか作って持ってくるまでに至らなかったのは単に私の勇気の問題で、彼が期待するような弁当がどんなものなのか考えたりレシピを見てみたり色々作ってみたり色々悩んだ結果どれもピンと来なかったのが数日間。それから、持ってきたものの何故かリクエスト通りお弁当を作ってきたのだと言い出せなかったのが数日間。
そんなこんなでやっと今日会心の出来の弁当だと思うことができて、且つ今まで喉から先に出てこなかった弁当を作ってきた旨を知らせる言葉が蚊の鳴くような声とはいえやっと出てきたのでこうしてお披露目しているのである。

「さっそく食べてもいい?」

温かな春の陽光の元、わくわくした様子でそう尋ねる彼は本当に眩しい。首が少し痛いくらい激しく頷いて恭しく箸を渡した。弁当の中身は本当にオーソドックスで失敗しようも無いもので、レンジでチンするだけの簡単なおかずも入っているくらいなのだけど、それでも彼の口に合うかどうか気になって仕方がない。箸に摘まんだおかず一口で私の大好きなその笑顔が曇るのではないかと不安になりつつも、何でもない風に水筒のお茶を注ぐことで気を散らす。
ふと目線を上げた瞬間、彼は卵焼きを口に入れるところだった。

「お、お口に合わなかったらすぐ購買でパンでも買ってきますので…」

とんでもなく、弱気。何ならもう中腰で財布を引っ掴みそうな勢い。
しかし彼が数度の咀嚼の後変わらぬ笑顔で次はポテトサラダに箸を伸ばしたため、その体勢をキープ。二度目に運ばれるおかずが彼の口の中に消えて行ったのを見届けてからどうでしょう、と聞いてみる。

「すっごく、おいしいよ」

「そ、それはよかった!」

とりあえずほっとした。どうぞとお茶を勧めてから、やっとこさ私も箸を持って弁当をつつく。味見は何度もしたけれどもしかしたら味付けを間違えているかもという根拠のない不安は振り払っても振り払っても浮かんでくるもので、彼がおいしいと言ってくれた今でさえ疑わしい始末。だけど彼が食べた卵焼きを良く噛み飲み込めば、いたって普通の卵焼きの味がしたからやっとほんの少し自信が持てた。

「さすが、何日も焦らされたかいがあったよ」

「いや、その。そんなに上手くないですし。冷凍食品も入ってるし…」

わざわざ言わなくていいのに言い訳のようにそんなことを伝えて勝手にへこむ。彼といると自分の中で感情の変化が目まぐるしくて本当に疲れてしまう。…結局は楽しいとか嬉しいという感情が勝ってしまうから付き合っているんですけどね。

「上手いよ、見た目も綺麗だし。それに、俺の為に朝早くから時間割いて作ってくれたって言うのがすっごく嬉しいんだ」

赤面ものの褒め言葉の後に、彼は口癖のラッキーを付け足して今度はおにぎりを頬張った。くすぐったいような気持ちで何て答えたものかと考える私。こんなに言ってもらえるならもっと早くに作ってきてあげればよかった。あと、次作る時はもっと凝ったものにも挑戦してみよう…うさぎさんリンゴ、とか?

「あ、それもおいしそう」

私が今回は見送った弁当のおかずについて考えながらタコ型ウインナーに箸をつけると彼が言う。

「ハイ、食べさせて?あーん」

そして無防備に口を開いて私に催促する。なんてこっぱずかしい!だけどもあんまり長く彼をそんな間の抜けた顔をさせたままにしておくのも申し訳なくて、ぐらぐら揺れた心情に伴うようにウインナーを掴んだ箸は彷徨う。

「…はい」

緊張で震える箸を彼の口に近付け、そっとタコさんを置いてくる。彼は満足そうに頷いてありがとう、と。私も満更では無くて、自然に口元が綻んでしまった。彼といると心がどきどき、ほっこりするんです。もっと喜んで欲しいから私に出来ることなら何でもやってあげようって。


「じゃあ、次は■■ちゃんの番ね。何が食べたい?」

「…いや、私自分で食べるですから、」

「やっぱりタコさんウインナーがいいかな、かわいいし」

「いやいや、自分で、」

「ハイ、あーん」


何でも、とは言いましたがこんな恥ずかしいことは断りたいもので。しかしずずいと顔と箸を近付けられると期待に応えねばと言う気持ちも大きく膨らむ。ほら、という声に押され、観念して口を開けたけれどもその恥ずかしさたるや。ころりと舌の上に落ちたものの味などしないくらいだった。


「ほら、おいしいだろ?だからまた明日も作ってほしいなー、なーんて」


そうやって弁当を作り続けてたら、こんな顔が熱くなるようなこともいつかは慣れて普通の事になってしまうんだろうかと、相変わらず味のしないウインナーを噛みながら思った。

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