11月と10月のお話
□[15]もう少し
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男の「良心」がどこで顔を出すかは、賭けだった。
「恋人に対して随分手荒なまねするんだね、隼君?」
「……どちら様?」
「その前にさ、郁君解放してやらない?そんな扇情的な姿見せられたら、さすがにクルんだけど」
自覚していない表情ほど嘘は付かない。
男は今、自分がどれだけ心配そうな目で郁を見ているか分かっていない。
きっと郁に近付いたのだって、無意識だろうと何だろうと、どうにかして郁に自分の存在を知ってもらいたかっただけだ。
自分という存在に、意識を向けてほしかったからだ。
こうする事しか、郁に近付く方法を思いつかなかったのだ。
歪んでいる。そんな気持ち、理解したくもない。
「改めて聞く。あんた誰」
「知りたいなら郁君に聞いてよ」
「何っ……」
「どういう意味?」
「郁君。俺別に、俺の正体も隠せとまでは言ってないよ?」
完全に自分が優位に立っていると信じて疑っていないその態度に、吐き気がした。
頼んでいた通り、いいタイミングで始から電話が来て。
隼が部室を出た後、男は郁に追い出されて帰って行った。
その後郁は少し泣いたのだろう。
迎えに来ていた海の車の中で眠ってしまった郁は、海に抱き上げられて部屋に連れて行かれたその様子を見ていた葵の話だと目が少し腫れていたらしい。
眠る前、海には「目に砂が入って擦りすぎたら赤くなりました」と説明し、海はそれを信じたようだったけれど。
もう、これ以上引き延ばしは出来ないと思った。
男の顔は確認した。
どこかでちらりとでも姿が見えれば、何があろうと次は対処出来る。
皆を守るために皆には黙っていた。
だから今度は、皆を守るために皆には話のすべてを知ってもらわなければならない。
「始、春。2人が知ってる限りでいいから、大と奏に今回の事すべて話して、男の素性探ってもらって。まずはそれを片付けなきゃ」
「……終わらせるのか」
「そろそろだと思ってた。まだ事情は話してないけど、男の事は黒月さんに話通しといたから」
何も言わなくても分かってくれた2人に感謝して。
『いっくん、今までたくさん我慢させてごめんね。もう、こんな馬鹿げたゲームなんか終わらせよう』
それからの数日は、穏やかに過ごした。
郁が始や春に勉強を教えてもらう時、一言も声を発せずとも隼もその場にいた。
それだけで、どれだけ郁の心が落ち着いたかしれない。
始も春もそれが分かっているから、あらかじめ隼を部屋に招き入れているのだ。