11月と10月のお話
□[10]本の意味
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最初は本当に意味が分からなかった。
可愛らしい見た目に反して郁は男前で、守られるよりは守るタイプで。
それでも甘える時は甘え、寂しい時には皆がいる前ですらキスも拒まない。
それなのに。
「俺、今から1分後から、隼さんとはしゃべらないし近づきもしませんから」
「…………え?」
自分でも珍しく動揺したのが分かった。
「だから隼さんも、仕事以外では俺に話しかけたり近づいたりしないでくださいね。寮の内外関わらず、ですよ?」
「断る。そんな突拍子もない言い分、僕が快諾するとでも思っているの?」
さりげなく逃げようとした郁の腕を掴むと、いつものように笑っている表情を裏切りビクリと体を震わせた。
「冗談なら笑えるのにして欲しいね。僕は郁とはしゃべりたいし、たくさん触れ合いたい」
キスしようと近づいたら、それは郁の手のひらで阻止されて。
何か怒らせるような事をした訳じゃないのは分かった。
郁は怒っている時、こんな態度は取らない。
いつもなら、離れるどころか詰め寄ってくる。
その顔が可愛くてキスをしてやると「俺怒ってるんですよっ」と、顔を赤くして抵抗にならない抵抗をしてくるのだ(そして皆にイチャ付くなと言われる)。
なのに。
「僕の事、嫌いになったわけじゃないんだよね」
隼の問いかけには張り付けた笑顔を崩さずに答えないまま。
「……1分。じゃ、そういう事ですから」
それだけを告げて、郁は本当に隼から離れた。
意味の分からない絶縁宣言から1週間。
郁は仕事中であれば絡んでくる。だけど、触れようと伸ばした腕は拒絶されて。
「参ったね。あれから本当にまともに近付く事すら出来ない」
「俺もさすがに何考えてるか分かんねえ」
ほれ、と紅茶を目の前に置いてくれた海にありがとう、とお礼を言って一口飲む。
「大丈夫か?」
「うーんどうだろ。あまり変わりないようには見えるけどね」
「郁じゃなくて隼、お前だよ」
「僕?大丈夫だよ。いっくんが何をしたいのかは知らないけど、気の済むまで付き合ってあげようかな」
「さすがの魔王様も恋人には形無し、ってか」
「ふふ、そうだよ。僕はあの子しか見てないからね」
「嘘付け。重度の始クラスタのくせして」
「それはそれ、これはこれだよ」
「……俺が郁と話付けてやろうか」
「ん?別にいいよ、いっくんにも何か考えあっての行動だろうし」
(その余裕いつまで持つか、だな……)
いつもの笑顔を見せる隼の横顔を、海はじっと見ていた。