11月と10月のお話
□[10]本の意味
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ある日の夜、始の帰りを待っていた春は寮を出る郁を見かけた。
寮に門限はないし入寮者なら出入りするのは普通なのだが、今日に限って気になったのは郁が周りを気にするようにして出て行ったから。
「……?」
思わず着いていった。すると郁は寮を出てすぐの角を曲がり、見失わないように追いかけた春は角を曲がってすぐに立ち止まっていた郁に見つからないように身を隠した。
郁が立ち止まったその前に、見た事のない男がいたからだ。
結構深刻そうな感じで、郁を見かけたからと言って気軽に出ていける雰囲気でもなかった。
「…………」
会話はよく聞こえなかったけれど、外灯の光に照らされた郁がひどく泣きそうな顔をしていた。
でも次の瞬間―――春も、多分隼や他のメンバーでさえ見たことないだろう無表情な顔になった。
「…………!」
あまりにも感情のない顔に、あれは本当に郁かなんて思った。
(郁の様子がおかしくなったのは、もしかしてその人が原因?)
記者のようなただのライターのような、どっかそこらへんに普通にいそうな普通の男。
それからしばらく話して、郁が「ルールなんかじゃない、そういうのは理不尽な要求って言うんだ」とそれまでより少し大きめの声で言ったところで、男は楽しそうに笑い声をあげて郁の前から姿を消した。
本当は誰なのか聞くつもりだった。
先に寮に戻り、共有スペースで待っていた自分を見て郁がビクリと体を揺らしたりしなければ。
「あ……春、さん、まだ起きてたんですか」
「始がもうすぐ帰ってくるはずだから出迎えようかなって、ついさっき部屋から出てきた。郁は出てたの?」
「はいちょっと、用事がありまして」
「ついさっき部屋から出てきた」の言葉にあからさまに安心したような顔をして。
聞かない方がいいと判断した。
「そうだ。始さん待ってるなら、渡してほしいものがあるんですけど春さんに預けていいですか?」
「うん?いいよ、どれ?」
「すみません、部屋に置いて来ちゃったので取ってきます」
一度部屋に帰り、戻ってきた郁が持っていたのは1冊の本。
「これ、この前始さんに借りたんです。そろそろ返さなきゃと思って。直接返せなくてごめんなさいと伝えてください」
「ん、お預かりします。もう寝るんでしょ?お休み」
「お休みなさい」
笑って頭を撫でてやれば、少しはにかんで。
その笑顔はさっきのあの表情とは真逆でいつものように可愛くて、少しだけ安心した。