短編1

□番外編
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(短編「Las hojas」終了後しばらくしてから)



「へぇ、それじゃお嬢ちゃんはいつまでこの街にいるんだい?」


それは、何気ない店先でかけられた、たったそれだけの問いだった。


フグ鯨の一件以来、ココと出掛ける機会の増えたカイリは、必然的にその素性を問われる機会も増えてしまった。

『縁あって知人の娘さんを預かっているんです』

判で押したようにそう答えていたココの台詞は、街の至る所でココを待ち構えている熱烈なファンの嫉妬心を刺激しないための方便であって、実際そこには真実など何一つ含まれていない。

それを知っている彼女も、その公然の理由に関して異議を唱えた事など今まで1度もなかった。


「いつまで……ですか…」


その日、果物屋の店先で旬の果実を品定めしていた二人は、例によってその関係を勘繰られ、ココがさらりと応えたいつものフレーズは、更なる質問で返されてしまう。

「あぁ。もうちょっとしたら、『いちじく』から『ろくじく』まで全部出揃うんだよ。今はまだ『さんじく』までしか市場に出回ってないんだが、ジャムを作るなら6種類全部合わせて作った方がそれぞれの風味が絶妙に混ざりあって最高の出来映えになると思うぜ」

あと2、3週間ってところだけど、どうだいお嬢ちゃん、待てるかい?


「………」


涙型のフォルムが美しい『いちじく』と『にじく』を手にしたまま黙り込んでしまったカイリに気を利かせ、「難しいようなら、取り敢えず『さんじく』までにしとくかい?」と言いかけた店主の台詞は、少しきつめの言葉で遮られる。

「いや、『ろくじく』が揃うまで待つ事にするよ。邪魔したね」

「あ、いやぁ、良いんですよ。それじゃ、また時期が来たら声掛けさせてもらいますね。お嬢ちゃんも、もうちょっと待っててくれよな!」

そうにこやかに挨拶してくれた店の主人には、決して悪気があった訳ではない。
目先の売り上げよりも味の探求に重きを置いた提案をする姿勢はむしろ称賛に値すると言えた。

それでも、その何気ない一言によって崩れ始めてしまったかもしれないこの関係に、彼女だけではなく彼も、いや彼こそが、言い様の無い不安を感じつつあった。



■□■□■□■□■□■□■□



「ココさん、お願いです。私をグルメ研究所に行かせてください」

「すまないがそれはダメだよ」

「……で、では、電話だけでも構いません」

「今所長はジュエルミートの一件で忙しいんだ。余り我儘を言っちゃいけない」

「で、でも…」

あの日以来、ココはカイリをなるべく屋内で留守番させるようになっていた。

リーガルマンモス捕獲の際も、バブリートロの捕獲・運搬の際も、ココは単身で赴くと頑として譲らなかった。

危険過ぎる、というのがココの言い分だが当然理由はそれだけではない。


ソファに座らせた彼女をなだめるようにココはその前に紅茶を置く。
カイリは反抗するかのようにそれに手を付けようとはしない。

「……」

ココは毅然とした態度をとりつつ、内心は複雑だった。




グルメ研究所に行かせてしまえば…マンサムに会わせてしまえば…きっとこの間の件が話題に上る。

彼女の持つ力、そのコントロールは随分と精度を増し、彼女自身もその力を使いこなす事に対して積極的になっている。

全てが良い方向へと軌道に乗り始めた今、これが『区切り』になるのか、ならないのか……


もし選択肢を与えられたら、迷わず彼女はココに迷惑をかけない方を選ぼうとするだろう。

だがそもそも、ココにとって何が迷惑で何がそうでないのか…

彼はそこをはっきりさせず、彼女もまたそれを確認したことはない。

何も言葉にしないまま、だからこそ続くこの関係……


「ココさん、お願いです。『電話を貸してください』」

「っ!」

ココは動いてしまいそうになる腕を意思の力で抑え込み、目を細めて不敵に笑う。

「本当に、随分と使いこなせるようになってきたね」

「っ…コ、ココさんは優しい方です。だからきっと私の願いも叶えて下さいます!」

「生憎だが、ボクも最近色々とハントに行ったお陰でレベルアップしててね。ジュエルミートにバブリートロ、それからBBコーンも…。グルメ細胞は確実に進化している。…そう簡単には動かされないよ」

「うぅ…」

ちょっと涙目になる彼女ににっこりと笑いかけようとして、しかし大人気ないな、とココはふと気付いて情けなくなる。

こんな事はなんの解決にもならない
根本的な問題は依然無視されたままだ。


「……でも、これ以上ココさんのお邪魔になる訳にはいかないんです」


遂にそんなことを彼女が言い始めた。


「いつまで、なんて考えてなかったんです」

何もはっきりさせようとしないココに焦れたかのように、彼女がぎゅっと下唇を噛む。

「元々邪魔者の私です。その内きっとココさんも私が疎ましくなる日が来て…いえ!それは全然いけない事じゃないんですけど、私が辛いっていうか…」

他でもない、自分自身を蔑み傷付ける言葉を後から後から紡ぐ彼女を止めたいと思いながらも、ココは決定的な行動に至れない。
ただ、自傷行為に似たその発言を聞きながら、少しだけ彼女に近付く。


「もう十分お世話になりました。これ以上ご迷惑をかけるのは私が嫌なんです。……本当に、楽しい一時でした。これから先は、罪を償いながらマンサム所長に助けていただいた恩をお返ししていきたいと思います」

「…罪を償う?」

「はい。……私には、グルメ研究所でたくさんの方を殺めてしまった罪があります」

ココは、ゆらゆらと揺れる彼女の瞳をもっと良く見たくて、片膝をついて その顎に手をかける。

上を向かされたまま、カイリはまっすぐココを見つめて僅かに首を振った。

「私は、ココさんの側に相応しくないんです」

「…それで?」

「っですから、もう私はグルメ研究所に戻ろうと思っ、うん」

唐突に

気が付けばココは、その唇を自分のそれでしっかりと塞いでいた。
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