短編1
□las hojas
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【枝】
嵐の翌日、ココは一旦街へ出掛けたがいつもより早い時間に家へと戻ってきた。
庭先ではカイリが今朝がた干したベッドのシーツを取り込んでいる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「…シーツくらい、1人で取り込めますよ?」
通常とは違うココの行動に当たりをつけたカイリが控えめにそう抗議をすれば、ココは「ん?」と何度か目を瞬いた。
「いや、今日は別の用事ができたんだ」
その言葉を聞いた途端、真っ赤になって狼狽え始めたカイリの頭をポンポンと2回叩いてから、ココは室内へと移動する。
その後ろをついて来るカイリは、小柄な体がすっかりシーツ隠れてしまい、まるでシーツが勝手に動いているようにも見える。
そのシーツを纏めて奪い上げてから、ココは「手伝うよ」と声をかけた。
「これくらい、1人で大丈夫です」
突然開けた視界に、少し唇を尖らせたカイリは上を見上げて抗議する。
「うん、そうだろうね」
しかし、そう答えるココの含み笑いを湛えた口元を見ると、その視線は気まずそうにすぐ下ろされてしまった。
「さっきのは…わ、忘れて下さい」
ココは俯いた彼女ににっこりと微笑む。
「もちろん。ボクがシーツを取り込むためにわざわざ急いで帰宅したと君が勘違いした事なら、今すぐにでも忘れてあげる」
「っ!ココさん!」
そうやって、また見上げて来る小さな顔の頬が持つ赤みに満足してから、ココはシーツを片付けた。
「さて、冗談はこれくらいにしておこう」
「はい」
律儀に返事をするカイリにふっと一息漏らしてから、ココは「出掛けよう」と微笑んだ。
「はい。……はい?」
条件反射のように返事をしたカイリは、しかし直後に思わずといった様子で聞き返す。
「そんなに驚く事かい?」
再び玄関の扉を開けてココがさも不思議そうに尋ねれば、勢いに流されやすいカイリは「え?い、いいえ。あ、でも、やっぱり」としどろもどろに開いた扉とココを見比べた。
「買い出しに行かないといけないんだ」
「…はい」
そう言われても、いつも買い出しは1人で行っていたココがどうして突然彼女に同行を求めたのか、さっぱり分からないカイリは力ない返事をする。
「…どうして一緒に行くのか分からないんだろう?」
ふと、歩を止めてココが振り返った。
「…すみません」
カイリが自分の無知を恥じて俯けば、開けた扉から入り込む風に混じってココの笑い声が耳元に届く。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だよ、カイリちゃん」
見上げたココの顔は今までカイリが見た中で一番楽しそうだ。
「分からなくて当然だから謝る必要なんてないし、最初に約束しただろう?聞きたい事は何でも聞いて良いんだからね」
「はい…」
「食いしん坊の友人が来るんだ」
外に出て再びキッスを呼びながら、ココは「とてもじゃないが備蓄分じゃ足りないそうにない」とこれ見よがしなため息をつく。
それでも、やはりその様子はそんなに嫌そうには見えなかった。
「久し振りに来るかと思ったら、随分と厄介事を持ち込んでくれそうだ。まったく、嵐が去ったと思ったらこれだ、参るよ」
「あの、ココさん」
「ん?」
何でも聞いてと言わんばかりに少し顔を傾けたココに、少し不安気にカイリが口を開く。
「あの……」
「うん」
この2ヶ月でもう何度繰り返したか分からないやり取りを、ココは結構積極的に楽しむ
さて、どうくるか
「…いきなり買い出しの話を持ち出したのは私をからかう為ですか?」
少し首を傾げた、その体勢でココの動きが止まった。
「あと、随分と楽しそうですけど、もしかしてご友人が来られるのが嬉しいんですか?」
「……」
あ、いや、と言いながらココが背筋を伸ばす。
「まぁ、どうだろうね。そう言われてみれば、そうかもしれないな」
コホン、と拳を口に当て、わざとらしい咳払いをすれば、更にカイリが「あ」と口を開く。
「ココさん」
「ん?」
キッスに乗りかけた体勢でカイリを振り向けば、そこにはどこまでも真面目なカイリの顔がある。
「今のココさんは可愛い顔ですね」
「!?」
思わずよろけた巨体に、キッスが少し驚いて小さく鳴いた。
「頬が赤いです。そういう顔は『可愛い顔』だと、マンサム所長が言っていました」
「いや、これは単にちょっと動揺し…あ、いや、そもそも男性に『可愛い』なんて表現はしないものなんだよ、カイリちゃん」
さ、乗って、とカイリを呼び寄せれば、素直にキッスの背に乗りながら、今度は「では、男性の頬が赤い時はなんと表現すれば良いですか?」と聞いてくる。
「…まいったな」
「ココさん?」
「あぁ、いや、なんでもないんだ、うん」
キッスに指示を出して崖を渡りながら、ココは必要以上に動揺してしまった自分を自覚して深呼吸をする。
「男性の場合は……」
「はい」
「……」
「……」
いつもココがそうしているように、カイリは辛抱強くココの言葉を待つ。
「男性の場合は特にこれと言った表現はないよ。『顔が赤いですよ、風邪ですか?』で十分だ」
「そうですか」
分かりました、と返事をしたカイリにホッと息をついた次の瞬間
「ココさん、風邪ですか?」
とカイリが聞いてきた。
ココは深呼吸する。
そうして振り向いた彼の頬は既に赤みを失っていて、「まさか」と微笑んだ口元で隠した男の意地は、なんとかカイリには見つからずにすんだようだった。