短編1
□las hojas
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「…四天王のように、同じ年格好の仲間がいればまた違ったんだろうがなぁ」
マンサムが何気なく呟いた台詞の中に新しい単語を発見してカイリはメモを取る体勢に入る。
汚い字でも、拙い語彙でも、自分の言葉で解釈する事が理解への近道だ
「『してんのう』とは何ですか?」
「んん?今までに話した事がなかったか!?」
カイリからの質問に、むしろマンサムが驚いた顔をする。
「はい、今初めて聞きました」
「そうか、そうだったか!…四天王というのはな、お前同様にグルメ細胞を持った、かつてのチェインアニマル達の事だ」
「………え?」
カイリの手元がピクリと止まる。
「それぞれ皆立派に成長してもうここは出て行ったがな。そうか…ちょうどカイリがここに来るのと入れ違いくらいのタイミングだったな」
「し、てんの…う」
私と、同じ?
「あー、いや、『皆立派に』というと語弊があるか。ゼブラの奴は刑務所に行ってしまったしなぁ。ココも美食屋稼業からは足を洗ってしまっとるようだし」
「けいむしょ…?」
「悪い事をした奴がぶち込まれる場所だ。あれだけの生物を絶滅に追いやった責任は取らねばならん。例えそれが危険生物だったとしても、だ」
カイリは辛そうにギュッとペンを握り締める。
…チェインアニマルはやはりそうやって忌み嫌われる存在にしかなれないのだろうか?
刑務所という場所を理解し、自分を重ね合わせて再び表情を固くしたカイリに、マンサムは殊更明るく言い放った。
「まぁ、ゼブラの入所は修行の一環みたいなもんだ!ココも能力を活かして街の住民から感謝されとるようだし、その視力を駆使して仕事の方も順調らしい」
4人とも今じゃ立派なカリスマ美食屋だ、と続けたマンサムは、それでもアイツらだって最初から自分の力を使いこなせていた訳じゃないぞ、と付け足した。
嗅覚、視覚、聴覚、触覚
グルメ細胞の移植手術によってそれぞれの感覚器官が活性化し、人外の能力を手に入れた、貧しい出自の4人の少年達―
彼らが、どのようにして苦難を乗り越え、力を使いこなし、カリスマと呼ばれるまでになったか
マンサムはまるでお伽噺を語るように面白おかしく、時に誇張した内容をカイリに語って聞かせ、最後に最も伝えたかった言葉を伝える。
「道のりは困難を極めたが、皆自分の能力と真摯に向き合い、コントロールしていった。毒人間と言われ、第一級危険生物に指定されかけたココですら、今じゃ立派にその毒を使いこなして猛獣から街を守っとる」
『困難を極めた』と、口で言うのは簡単だ。
結果だけをこうやって簡単に纏められたと知ったら本人達は憤慨するだろう。
特にココは今IGOから距離を置いている。
嫌われる理由があり過ぎるのを承知の上で、更には散々辛い目に会わせた張本人は自分であると自覚した上で、その成果をまるで自分の手柄のように美談にして語るのはおこがましいと百も承知だ。
それでも、マンサムはカイリに『希望』を持って欲しかったのだ。
その忌むべき力は使いこなせるのだと、活用の道はどこかに必ずあるのだと、それを目指したいと思って欲しかったのだ。
カイリは驚きに目を見開いたまま、メモを取る事も忘れて話に聞き入る。
マンサムの狙い通り、彼の話は強烈な印象をカイリに与えたようだ。
特に衝撃的だったのは、四天王一の優男と呼ばれた『ココ』という青年。
様々な毒に対する抗体を短期間で大量に接種した結果、体内でそれらが暴走、毒人間となってしまった彼の話はカイリにとって他人事には聞こえなかった。
意図せずに、他人を傷付けてしまう力
周りは自分を恐れて誰も近付いて来ようとはしない
その力を、使いこなす…
忌み嫌われる体質を、コントロールする…
カイリの口から溜め息が漏れる。
心底感心した、感嘆の溜め息だ。
ある日突然、半ば無理矢理授けられた得体の知れない能力を、押し潰されそうになりながらも克服し、自立するなんて、そんな事ができるなんて
すごい人だ
「ほう、そんな顔もできるか」
キュポン、と吸い付いていた酒瓶を口から出してマンサムはニヤリと笑う。
「顔?」
カイリは突然マンサムが言い出した単語に首をかしげた。
「可愛い顔だ」
「かわいい、顔…?」
可愛い顔とは一体どのような顔なのか、カイリはよく分からずリアクションに困ってしまう。
しかし、そう言われてみれば、確かになにやら頬の辺りが熱を持っているようだ。
頬が熱を持つと、『可愛い』と言われるのか…
取り敢えずカイリは、せめてそれだけでもメモする事にした。
「ココのようになりたいか」
「ココ…の、ように?」
続けてマンサムの口からでた質問に、またカイリは考え込む。
己の能力をコントロールしてみせた男性の名前をおずおずと口にして、カイリは自問した。
『ココ』
自分の能力に打ち勝った、強い人…
望みを音へと変換する事には、まだ拒絶反応に似た抵抗を感じてしまうが、それでもカイリは言葉を慎重に選びながら
「はい。彼のように、いつかは自分の能力をコントロールできるようになりたいと思います」
とはっきり呟いた。