短編1
□las hojas
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「やぁ、気分はどうだ?」
ビクリ、とこちらを見上げてくる小さな顔ににっこりと笑いかけ、マンサムは部屋の隅へと歩を進める。
壁に背を預け小さく丸まっている少女は恐怖に目を見開きこちらを凝視するばかりだ。
「お前さん、名はなんという?」
「……」
少女は答えない。
「大丈夫、名前を言ったぐらいじゃ何も起きんよ。最も『恐らくは』だがな。なぁに、ワシは強い!安心しろ!」
続けてばっはっはと笑ってみせるが、少女はやはり口を開こうとはしない。
「ん?あぁ、名前を聞くならまずこちらから名乗るべきだったか。ワシの名はマンサム。ここグルメ研究所の所長だ」
リッキー、と彼を側に呼び、彼も紹介する。
「こいつの名はリッキー、猫じゃないぞ?ハイアンパンサーという種族だ。今はまだ赤ん坊でこの大きさだが、大きくなるとそれは立派な姿になる」
そう紹介されたリッキーは、背中についた小さな羽をピコピコさせた。
「さ、今度はお前さんの番だ」
「……」
そういって目の前にしゃがみ込んで目線を合わせても、少女は何も言おうとはしない。
「なら、家はどこか聞いてもいいかな?」
「……」
「…グルメポリスは、危険立ち入り禁止区域で猛獣達に教われた少女達を発見した。その中の1人がお前さんだった。一体なぜあんな場所で…」
そこでマンサムはハッと言葉を止める。
少女の体が小刻みに震え初めていたのだ。
思わずマンサムはその肩を抱き寄せた。
「そうかそうか!怖かったか!」
努めて明るくそう言い、少し強引に背中を叩きながら「もう大丈夫だ、安心しなさい」と繰り返す。
「色々と辛かったな。いきなりあれこれ聞いてすまなかった。さぁ、まずはゆっくり休むといい」
ぐいっと少女の脇の下に両手を入れ、高々と持ち上げてから、マンサムはシンプルなベッドの上に少女を下ろす。
「しかし名前が分からんと呼び辛いな」
されるがままにベッドに乗せられた少女を見下ろして、顎の割れ目を指でなぞりながらマンサムはしばし考え込む。
そして、「よし、決めたぞ」と膝を1つ叩いた。
「ワシがお前の名前を付けてやろう!そうだな……カイリだ!うむ、そうしよう。これからお前をカイリと呼ぶぞ。嫌なら変えるからいつでも言ってくれ!」
カイリか、我ながらナイスなネーミングセンスだ、いや、ハンサムだな!
冗談めかしてそう言えば、おずおずとした瞳がマンサムを見上げてきた。
「……カイリ…?」
そして小さく小さく先程の名前が囁かれる。
「そうだ、嫌か?」
少女はふるふると首を振った。
ん?
マンサムは首を傾げる
「…その名前で良いのか?」
マンサムの問い掛けにカイリも首を傾げた。
カイリと呼ばれた少女は、あのホロ車に乗せられてから目まぐるしく自分を襲った数々の出来事に混乱しながらも、必死にマンサムの言葉を理解しようと試みている。
カイリ…
私の、名前
私は、カイリ…
今まで『おい』だの『お前』だの『役立たず』だの言われた事はあったが、それは自分だけを指す言葉ではなかった、はずだ。
カイリ、私の、名前…
私だけの、名前…
すんなり新しい名前を受け入れた事に驚くマンサムと、初めて与えられた名前に不思議な感動を味わうカイリ
二人は互いに全く異なる事を考えながら、しばし首を傾げて見つめ合っていたが、傾けた向きと角度がたまたま類似していたので本人達はそう違和感を感じなかったようだ。
「…まぁ、構わないなら問題ないな!カイリ」
自分の名前が元々嫌いだったのか
過去とはすっぱり決別したいと思っているのか
はたまた、名前など初めから持っていなかったのか…いやまさか、あの四天王でさえ名前はそれぞれ最初から持っていた。
真実は分からないが、取り敢えず本人が良いと言うなら良いだろう
マンサムは潔くそう結論付けた。
「そろそろ腹が減っただろう?カイリの好きな食べ物は何だ?ん?言わんとワシの好物ばかりを食わされる事になるぞ!ばっはっは!カイリはどう見ても未成年だがな!」
楽しそうに笑い続けるマンサムを眺めつつ、カイリは今得た情報を整理しようと必死に頭を働かせる。
考えなければ
今までとは違い、ここの人達は自分に色々と質問してくる。
それに応えていかなければいけないと、拙い知識しか持たないながらもカイリはそう理解し初めていた。
まずは目の前のこの男性だ
どうやら以前自分に色々と仕事を指示していた大男のように、偉い人らしい
彼の『名前』は…
「…マン、サム…」
「何!?今ハンサムっつった!?」
「え?…ハンサ、ム?」
「おぉ!今間違いなく言ったな!そうかそうか、ハンサムか!カイリは良い子だな!」
名前を繰り返しただけで、マンサムと呼ばれた男は上機嫌になりカイリの頭をワシャワシャと掻き混ぜる。
「ゆっくりで良いぞ、カイリ」
ふとその動きを止め、マンサムが目線を合わせてそう告げた。
「ゆっくりだ。自分の能力を理解してコントロールするんだ」
その途端、カイリの体がドキリと硬直する。
一体何がどうなっているのかさっぱり分からないが、自分はおかしくなってしまった。信じられないがそれが事実だ。
それ責められているのだとカイリは理解した。
「…ごめんなさい……」
「ん?何を謝る事がある?誰も最初から力を完璧にコントロールなんぞできんよ。お前はまだ若い、きっといつかはその力も使いこなせるようになれるさ」
力を使いこなす…
それが、これからしなければならない事
「さぁ、もう休みなさい」
マンサムはそう言い、リッキーを伴って部屋を後にする。
一人残された真っ白い部屋で、カイリはひとつ息を吐いた。
…あの光が、見たいなぁ…
あれは今日も無事生まれただろうか?
そろそろまた死んでしまうのだろうか?
窓のない部屋からは、太陽はおろか外の天気すら分からない
しかし、何かを欲し、求するという行為は今のカイリには恐ろし過ぎた。
自分が望みを持つと、何か悪い事が起きる
現時点で彼女が理解しているのはそこまでだ。
また、例え彼女が自分の声の秘密を理解したとして、ならば声を使わず筆談で意思疎通を、と思っても彼女は文字を知らない
彼女の希望を伝える方法を、今の彼女は持っていないのだ。
それから長い月日を、太陽に焦がれたまま彼女は過ごした。
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