短編1
□las hojas
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マンサムは研究チームからの報告書に一通り目を通すと、リッキーを連れて所長室を出た。
「『危険生物としてグルメ研究所の管理下に置き経過を観察し続けるべし』か……どういう意味か分かるか?リッキー」
マンサムの隣をトテトテと歩くハイアンパンサーは少し顔を上に向け、それから首を傾げて見せた。
「つまりワシはハンサムだという事だ」
ばっはっは、と右手に握り締めていたままの酒瓶を持ち上げグビリと喉を鳴らしてから、「ま、一生幽閉して飼い殺せという意味だな」と呟いた。
「声が力を持つ…か。確かにやっかいだ」
声に出した事が、相手に影響を与える
いや、相手の細胞に直接作用する
それが、数少ない情報の中で研究チームが導き出した結論だった。
例えば彼女が水を呼べば、相手の体内の水分を強制的に排出させる事ができる。
その水に命じて、別の体内へそれを送り込む事もできる。
また、相手に対する行動制止の言葉がそのまま相手の神経細胞に働きかけ、一時的に麻痺させるなどしてその活動を制限する事もできるようだ。
どのような言葉を発すればどのような効果が得られるのか、現段階では検証例が少な過ぎて法則性は発見されていない。
しかし、場合によっては検証対象の生命に関わる結果をもたらす可能性も高い以上、これより先に研究を進める事は困難だと思われる、と結論付けるしかない。
その結果がマンサムが呟いた最初の一文だ。
つまり彼女はチェインアニマルの失敗作という事になる
そして、失敗作だからといって、あら残念、と破棄するにはいくら身元不明の未成年とはいえ倫理的に問題があり過ぎる
かといって当然野放しにもできない
かくなる上は一生をこのグルメ研究所内でお過ごし願うしかない、という訳だ
むぅ、とマンサムは溜め息をこぼした。
惜しい、という気持ちがその溜め息の中から見え隠れする。
なんだかんだ言ってグルメ細胞自体は彼女に適応しているのだ。
彼女の姿が醜く変形してしまった訳でもないし、命を落としてしまった訳でもない。そう言う意味で、彼女は失敗作では決してないのだ
もしあの力をコントロールできさえすれば…
更に言えばその力がIGOにとって有益なものとなり得れば
危険生物のままでも彼女の利用価値はかなり高くなるだろう。
マンサムがそう思うには訳がある。
トリコ達四天王が成長し『庭』を出た今、次世代の、更に次を担うグルメ細胞保持者がなかなか育っていないのだ。
猛獣達の捕獲レベルを確定する(という名目で貴重なIGOの収入源である)グルメコロシアムでの決闘も、ヒトの姿をした者が全く参加していなければいまいち盛り上がりに欠ける
(獰猛で希少価値の高い猛獣達同士の戦いも良いが、観客達はやはり自分には手の届かない圧倒的な強さを持つ人間を見てみたいという願望を本能的に持っているのだ)
四天王に続く戦力へと成長する可能性を秘めた存在
移植手術は若い時期でなければ拒絶反応が大きく失敗する確率が上がる。彼女の推定年齢は13歳となっていたので、手術が成功したのは限りなく奇跡に近い。
その奇跡を活かさなければ
今のままではその力をコントロールできなくても、いつか―
マンサムは扉の前に立ち、酒瓶を飲み干し空にする。
四天王を育てた会長のように、自分もこの子を育てられるだろうか?
これからそう遠くない未来、グルメ時代に襲い掛かる嵐に負けない強さを持った人材を1人でも多く
酒臭い喉に一杯の空気を吸い込んでから
マンサムは外側から厳重にロックされた部屋の鍵を解除し入室した。