短編1
□las hojas
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小松の装備を強化する案を出したココの意向は結局トリコによって瞬時に却下され、3人はそのまま出発する事になる。
当然の如くココから留守番を言い渡されたカイリは、洗い物を済ませてから、玄関で3人を見送った。
「じゃぁ行ってくるよ」
「はい、お気を付けて」
そう返事をすれば、少し屈んだココがすっ、とカイリの頬を人差し指の背で撫でる。
「ホラ、そんなに嫌そうな顔しないで」
「え?」
「その顔」
「…顔?」
カイリは困ってしまう。
昨日もココに同じ事を指摘されたばかりだ。
嫌そうな顔は、きっと見る者を不快な気分にさせる。
今から危険なハントに出掛ける彼を目の前に、自分はどうしてそんな顔しかできないんだろう。
「嫌というか、多分心配してくれてるんだよね?でも、ボクなら大丈夫だから」
「……はい」
いくらこれから向かう先が危険な場所とはいえ彼は四天王、カイリなんかが心配しなくてもきっと何も問題ない。
「食いしん坊の相手をして疲れただろう?ボクの事は気にしなくて良いから、しばらくゆっくり休んでおいで」
むしろ自分などに心配されるなど侮辱と取られても仕方がない程の人物なのに
…どうして自分はいつも彼に関する些細な事で嫌そうな顔をしてしまうんだろう?
「さ、それじゃ行こうか」
顔を上げてココが告げれば、小松の「はい!宜しくお願いします!」という元気のいい返事が返ってくる。
「あれ?トリコさん?」
しかしトリコはなぜかキッスのいる位置とは反対方向に歩を進め、カイリの正面に立つと腕組みをして彼女を見下ろした。
「なぁ、お前さ、もっと自分に正直になれよ」
「…え?」
突然の台詞にカイリは一瞬何を言われたのか理解できない。
「一緒に行きたいんだろう?」
「トリコ、お前突然何を言い出すんだ?」
ココが怪訝そうな顔をする。
「お前こそ、わかんねぇの?」
「何がだ?」
トリコの物言いに少しムッとした様子のココは、確かに彼の言わんとする事が何なのか分かっていないようだ。
「こいつは行きたがってるんだよ」
「行きたい…?私が?」
カイリはまさかの指摘に驚いた顔をした。
行きたい?私が、彼と…ココさんと、一緒に?
「わ、私は」
「ダメだよ」
カイリがその先の言葉を見つけ出す前にココが口を開く。
「さっきの話を聞いていただろう?フグ鯨の産卵場所『洞窟の砂浜』までの到達確率は0.1%。バトルウルフと肩を並べたというデビル大蛇の存在もある…。とてもじゃないが連れて行ける訳がない」
「……はい」
カイリは即答する。
なんだか胸がチクリとしたような、モヤモヤしているような、言い様のない奇妙な違和感が今も残っているが、それでもココの指示はカイリにとって全てに優先される。
「あぁ?状況なんかどうでもいいだろ?」
しかしトリコにとってはそうではないらしい。
何を思ったのかカイリもつれて行けばいいと、頑として譲らない。
「ガキじゃねぇんだからカイリ自身に判断させろよ」
「そんな事できる訳ないだろう?彼女はマンサム所長から頼まれて預かっていると最初に言った筈だ。危険な場所にわざわざ同行させるのはボクの責任問題に関わる」
「ったく。そりゃ世話してるっつーより『過保護』っつーんだよ」
トリコはココの主張にわざとらしく片目を閉じて耳をほじる。
「預かるったって、ペットじゃねぇんだ。何から何まで面倒見るんじゃなくて、やりたい事はやらしてやりゃなけりゃそれこそ可哀想じゃねぇか」
「トリコ、お前は他人事だからってそんな」
カイリを背後に庇うようにして、ココも一歩も譲らない。
「生きたいように生きる。それが許されなけりゃ世話されたって迷惑なだけさ。お前なら分かるだろう?」
しかし、続くトリコの台詞にココの動きが一瞬止まる。
豪快というか、投げやりというか、ある種責任放棄にも聞こえるトリコの主張に、それでも確かに一理感じてしまったらしい。
「遺書書かしときゃいいだろ、遺書。小松だって書いてるし、取り敢えずそれ書いときゃ後は恨みっこなしだって」
「いしょ?」
いや、そんなつれない事言わないで下さいよトリコさーん!と突っ込む小松を無視して、カイリはトリコを見上げる。
「知らねぇか?万が一自分が死んだ時の為に色々書き残しておく事だ。死と隣り合わせの危険な場所でハントする時なんかにはまぁ必須だな」
「トリコお前、縁起でもないぞ!」
「ココさん、待って下さい!」
見も蓋もないトリコの発言に遂に声を荒げたココを制したのは、意外にもカイリ本人だった。
『待って』と言われたココの体が文字通り静止する。
カイリ自身は自分の発言内容を意識していなかったのか、ココの変化に気付いていないようだ。
ココもなぜか、その事をカイリに訴えることなく黙ってカイリの出方を見守る。
「あの、私……」
「なんだよ、早く言えよ」
「す、すみませんっ」
ココとは違うトリコの少し苛立ったリアクションに思わず硬直してしまいそうになるが、カイリは両手をぐっと握り締めてそれを耐える。
「あの、私…は」
両足を踏ん張って、呼吸を忘れるほど必死に、カイリは自分の中から必死に答えを探しだそうとする。
自分はどうしたいのか
なぜそうしたいのか
今まで本能的に目を背けてきた心の奥底を見詰めるべく、カイリは一度目を閉じた。