短編1

□las hojas
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【土】

―私の人生、本当にツイてない−

そう思った人がいたとして、その人はとても恵まれている。

この世に存在する様々な人々の生活水準、人生模様を自己のそれと比較し、その結果を客観的(或いは主観的に)評価し、落胆する。

それはつまり、その人にそれだけの思考を操る教養があり、且つ多岐に渡る情報にアクセスできる環境に恵まれていて、

そして考え事をする時間を持っているからだ。



カイリが物心付いた時、彼女は既に奴隷だった。

自分がいつ、どこで、誰から生まれたのかなど考えた事もない。

ただ、回りには自分と同じような姿形のモノがいて、皆大きな体をしたモノの言う事に従って動いていた。

自分が何を運んでいるのか、なんの作業をしているのか、誰もカイリに説明してくれなかったし、きっと説明されたところでカイリには理解できなかっただろう。

彼女はそんな己の境遇を憂えるという概念すら持っていなかった。





収穫しろ、と言われたものを淡々と籠に入れ、言われた場所まで運ぶ

その作業を1日続けると食べる物がもらえる

与えられたそれを一気に頬張る

食べ終えれば、小さな小屋へ移動して横になる

お腹がすいたとか、もっと食べたいなんて思った事もなかった。

どんな願いも叶えられた事はなく、そもそも彼女はいつも空腹で、満たされるという経験自体した事がないのだから、満ち足りるという望みを抱くという事こそ無理な話だったと言える。






そんな日々を送っていたカイリだったので、ある日「お前も年頃になったし、別の仕事をさせてやろう。今よりもっと楽しい仕事だ」と大きな男に言われた時、「楽しい?ってなんだろう?」ぐらいしか思えなかった。


同じ様な年格好をした者ばかりが集められ、ホロの付いたトラックに乗せられてどこかへと向けて出発する。

ガタガタと揺れる荷台の上で、カイリは他の少女達と肩を並べて膝を抱えたまま何もせず、かといって何かを考えるという事もなく、ただ揺れに身を預け無為な時間をしばらく過ごした。


ふと、地平線に沈む太陽が茜色の光を彼女たちに届ける。


カイリはその光の色合いを表現する語彙を持たないまま、「あぁ、今日も死んでいく」とぼんやり思う。


一般教養のほとんどないカイリには、地球の公転や夕焼けの発生する仕組みなど知るよしもない。

疑問を抱けば殴られ、黙ってただ指示に従う事のみを求められてきたカイリは、それでも彼女なりに、あの光の塊は朝になると誕生し、夜になると死んで消え、そして翌朝再び生まれてくるのだと解釈するようになっていた。

アレはきっとまた明日生まれてくる

徐々に弱って、遂にある朝起床の呼び掛けに応じなくなり「チッ、死んだか」と舌打ちをされる者達はもう2度と再び動く事はないが、アレは違う


何度でも甦るその輝きを見つめて、カイリは目を細める。


親を持たず、友も持たない孤独なカイリは、いつの頃からかあの時にポカポカと暖かく、キラキラと朝自分の顔を照らしてくれる黄金の光を、親愛の情を持って見つめるようになっていた。


どれだけ見つめても、決して殴り返されたりしない
いつも見上げればそばにいてくれる
自分から何かを奪おうとはしない


自分が今どこに向かっているかなど考えたところで結果は何も変わらないし、カイリはそもそも自分の行く末を憂える方法を知らない。

何も考えず、運ばれた場所で、指示された事をする

唯一与えられた選択肢の中だけで生きる彼女だからこそ、陽の光を愛でるその一時、彼女に唯一許された楽しみの時間はいつも彼女の心を満ち足りた気持ちにさせてくれた。






ふと、前方から大きな獣の叫び声がしたかと思うと突然車体が大きく傾き、カイリは一緒にいた他の少女達と一緒に地面に叩きつけられる。

全身を襲った衝撃に息を詰まらせ、その痛みを認識する事はできても、一体何が起こったのか、そこからどうすればいいのかなどカイリには分からない。

今の衝撃が故意のものなのか、事故なのかも判別できず、ただ全身を貫く痛みに呻き声が小さな口から漏れていった。


「畜生!やっぱりこのルートは危険過ぎたか!」
「グ、グルメポリスに連絡を!」
「馬鹿野郎!そのグルメポリスに見つかりたくねぇからこんなルート選んだんだろうがよぉ!」

前の席にいた男達が何かを怒鳴りあっている

「逃げるぞ!おい」
「もったいねぇが、ガキ共を餌に置いとけば時間稼ぎになる!」


そこかしこで呻き声を上げる少女達にそんな言葉を残して、男達の足跡はすぐに遠ざかっていった。


全身がバラバラになってしまったような痛みのせいでまともに動けず、投げ出され横たわったままカイリは浅い呼吸をなんとか繰り返しながらその目に地獄絵図を見る。


小さな山ほどもありそうな、鋭い牙を持った生き物が、口からボタボタと涎を垂らしながら少女達へと歩を進める。

生きたまま、徐々に食べられていく彼女達の断末魔の悲鳴を聞きながら、カイリはただ痛みと共に『私も食べられて死ぬのかな』と思った。


なぜこんな事態になってしまったのか―



自分が紛争の終わらない貧困地域に生まれ、幼少期に誘拐された後、違法に遺伝子操作された格安の食材収穫場で長期に渡って強制労働を強いられていたという事実も

貧弱ながらも第二次成長を始めた体を売買する為、ブローカーの手に渡されようとしていた事も何も知らぬまま



―カイリの意識はそこで途絶えた―
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