短編1

□las hojas
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次の日、食事の仕上げをカイリに任せてココは街へと来訪者を出迎えに行く。

この2ヶ月で随分と腕を上げたカイリは、ココから大体の帰宅時間を伝えられた瞬間、そのタイミングで全ての料理が仕上がるように…と手順をぶつぶつ呟きながらキッチンへと移動を始めた。
集中しているのか、ココを見送る事などすっかり忘れてしまっているようだ。

そんな彼女を邪魔しないよう、ココはそっと入り口の扉を閉めてから小さくキッスを呼び寄せた。




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よりによって猛獣の現れる日のまさにそのタイミングにやって来るとは、偶然なのか故意なのか。

そんな事を思いながらもココの口元は久し振りの再会に緩く弧を描いている。

無事トリコ達と合流し、昨日の延長線でつい加熱してしまった女性達からもなんとか逃げ切った3人は、グルメフォーチュンの街を遥か眼下に見下ろす丘をひたすら歩き続けていた。

すっかり汗だくになって荒い息を吐く小松は、丘を駆け降りてきた風に思わず「はぁ〜」と心地よさそうな溜め息を吐く。

涼しい微風に思わず恍惚の表情を浮かべる小松の隣にいたトリコはしかし、その風がもたらしたわずかな香りに眉を寄せ、前を行くココの背中へ「おい」と語りかけた。

「ココ…お前、どういう事だ?お前の身体から女の匂いがするぞ」

「何言ってるんですか、トリコさん?」

小松が荒い呼吸の合間にそれでも突っ込む。

「さっきあれだけ女性達に揉みくちゃにされてたんですから、そりゃ当然ですよ」


「……相変わらず、良く利く鼻だね」


しかし小松の解釈をココは否定する。

「え?」

小松は1人首を傾げた。



「さっきのやつらの匂い…キツい香水やらケバい化粧品の香りなら、時間の経過と共にどんどん薄れてきている。だが、その中に一種類だけ、全く強さの変わらない匂いがある」

クンクン、と改めて匂いを嗅ぐ仕草をしてから、ニヤリと笑ってトリコはココを指差した。

「昨日今日染み付いた匂いじゃねぇな。つまりその匂いの持ち主とお前は長時間一緒に過ごしているって事になる。…しばらく会わねぇ内に女なんか作りやがって、やるじゃねぇか!」

ニシシ、と笑うトリコをココは「やめてくれ」と受け流す。

「一時的に預かってるだけだよ。マンサム所長からどうしてもと頼まれてね」

へぇ、とトリコは面白そうに片眉を上げる。

「なら益々やるじゃねぇか。そんな理由でお前が誰かと暮らせてるんだから、よっぽど相性が良かったんだろう」

「え?…ってことは、どなたか家にいらっしゃるんですか?……って、家ってあの家ですかぁ!?」

カイリとは全く違う、気持ち良いまでに一般的なリアクションに少し苦笑してから、ココはキッスを呼び寄せる。

上空から降りてきたエンペラークロウに更にその驚きを大きくする小松を早速乗せながら、ココは簡単にカイリの事を2人へ説明した。





「声が力を持つ、か。…面白そうだ、一度手合わせしてもらいてぇな!」

「やめろよ、トリコ。彼女は嫌がるに決まってるだろう」

100キログラムオーバーの巨体2つに小柄とはいえ成人男性を同時に運び、少し息を荒くしたキッスに礼を述べてから、ココはトリコにまで『待て』のジェスチャーで指示を出す。

「いいかい、今から彼女を呼んで来るけど、くれぐれも怖がらせるような事はしないでくれよ」

そう言って先に屋内へと入っていったココは、間を置かずすぐにまた戻ってくる。

「大丈夫だよ」とココが語りかければ、少し暗い室内からおずおずといった様子で1人の少女が顔を出した。

「……あの、……はじめ…まして」

小さく言うとすぐさまココの後ろへ隠れてしまうように回り込んだカイリを、ココは優しく見つめ下ろす。

トリコも小松も、その光景に思わず固まってしまった。



「…っあ!すみません!こんにちは!僕はあの、小松と言います。ホテルグルメで料理長をさせていただいています!」

一瞬、カイリを見て言葉を失っていた小松がビシッと背筋を伸ばして挨拶をすれば、ココの巨体に隠れているカイリがおずおずと顔を出し「こんにちは」と小さく返事をする。

「とても可愛らしい彼女さんですね」

「いや、小松くん、だから彼女は違うんだ」

そんな会話を交わす2人に、なぜかトリコは大声を上げた。

「待て待てぃ!違うだろ!なんだよソレ!!」

突然の大声にココが眉をしかめる。

「まぁまぁトリコさん、好みは人それぞれなんですから」

突然怒り出したトリコをすかさず小松はフォローするが、ココもカイリ達も一体トリコが何に対して突っ込んで、小松が何をフォローしようとしているのか分からない。


「カイリちゃんを『ソレ』呼ばわりするなんて、相変わらずデリカシーに欠ける奴だな」

「いやそういう問題じゃねぇよ!そもそもデリカシーが云々言うなら何なんだよソイツの頭の飾り!」

トリコは昨日ココがプレゼントした、今はカイリの頭に飾られている髪留めを指差す。

「いちいち失礼な奴だな。彼女が選んでボクが贈ったんだ、何か文句があるならはっきり言えばいいじゃないか」

さすがに少しムッとした顔をするココに向かってトリコは全力で突っ込んだ。

「いやだから、なんで彼女に贈る髪飾りがキュウリなんだよ!!?」

メロディキュウリまるごと一本を模した緑色の髪飾りを着けたカイリは、不思議そうに首を傾げた。




「……あの、今日の服とバランスが取れていて良いと、思ったんです……」

「本当にそうだよ。それに良く似合ってる」

爽やかに笑うココにトリコがわなわなと震える。

「はい、ココさんが教えて下さいました。何事もバランスが大事だと…」

「うん、カイリちゃんは本当に優秀な生徒だ」

目の前にいる来客の存在などすっかり忘れ、にっこり笑い合い始めた2人に、更にトリコがブチキレる。

「いや、『バランスが大事』じゃねぇよ!赤いシャツに黄色いスカート履いて緑色の髪飾りって、それじゃ信号機じゃねぇか!」

「あちゃー、トリコさん…」

身も蓋もない言い方に思わず小松がおでこに手を当てた。

「カラフルで可愛いじゃないか」

「どう考えても違ぇよ!しかも黄色いスカートにビッシリ葡萄の模様って、どこでこんなだっせぇスカート見付けてきたんだよ!?」

うっと息を飲んで、カイリはココのマントの裾を握る

「あわわわ、あ、そ、そうだ」

小松があたおたしながら、ハッと空中を指差した。

「こ、この匂い!これはボルハチの匂いですね!」

「あ、はい」

カイリが返事をする。

「冷えた身体を暖めるボルシチに対して、ボルハチは火照った身体を落ち着けてくれます。長い距離を歩いて来られた方にちょうど良いかと思いまして…」

「お、確かにそう言われてみりゃ良い匂いがするな」

やりー、食前酒ばっかでメインがまだだったんだ、ちょうど良かったぜ、と言いながらトリコは今までのやり取りを忘れたかのように屋内へとズンズン進み始める。


「まぁ、お前は悪くねぇわな!」

そう言ってカイリの肩をポンと叩いて「オレはトリコ、よろしくな!」と宣言すれば、カイリは素直に「はい、よろしくお願いいたします」と返事をする。

まったく、と溜め息を吐くココを一度見上げ、それから自分の服を見下ろしてカイリは「…ダメでしたか?」と呟いた。

「まさか」

「あいつの言う事をいちいち気にしてちゃダメだよ」と断言しながらトリコに続くココとカイリを見ながら、小松は「たはは…」と頭を掻き、自分もそれに続いて屋内へと移動を開始した。
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