短編1

□las hojas
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「すまない、あれはボクの店の客なんだ」

物陰に隠れ、なおも追いかけてくる女性陣をなんとかやり過ごしながら、ココはまず真っ先に謝罪の言葉を口にした。

何でもないことのように抱き上げられ、運ばれ、そして下ろされたカイリは、頬を赤く染めたまま首を横に振る。

「謝る必要なんて何もないです」

先程の女性達に対して以上にすまなそうに眉を下げてくるココに、カイリはそう返事をした。

「でも怒ってるだろ?」

「え?」

「その顔」

「……顔?」

言われてカイリは頬に手を当ててみる。

先程彼に抱えられ、誰にも触られたくないと願っているその腕にしがみついていた彼女の頬はすっかり熱を帯びている。

でもこういう顔は確か『可愛い顔』だったはずだ。

「……可愛いんじゃないんですか?」

そう問い掛ければココは一瞬面食らったような顔をした。

「もちろん、カイリちゃんはいつだって可愛いよ」

「……いつだって?」

カイリは益々分からなくなる。
自分は別にいつも頬が赤い訳ではないと思うのだが。


「いや、ボクの思い違いなら良いんだ。でも君の電磁波は…」

そう言ってココはカイリの頬にかかっていた髪を耳にかける。

「少し、嫌そうだったんだ。せっかく初めて街まで来たのに、いきなりあんな事になってすまなかったね」

帰るかい?と聞かれてカイリは慌ててもう1度首を横に振る。

「嫌だなんて、そんなことありません」

「そう?」

ココは尚も心配げにカイリを一度見つめてから、改めて辺りを伺った。

「確かに、カイリちゃんの電磁波は時々分かりにくい時がある」

「……すみません」

「あぁ、謝らなくて良いから」

最後に左右を確認してから、ココはそっと路地裏を抜け出した。

「きっとまだ、カイリちゃん自身も分かってないんだろうね。さ、行こう」

改めて手を取られ、2人は今度こそ買い出しに出発した。


道中、カイリはココの言い訳を聞く。

普段は、買い出しのタイミングをクエンドンの出没直前に調整しているので、あんな目に会うことは滅多にないらしい(その時間帯は人通りが圧倒的に少なくなる)

今回は、明日ここにやって来るであろう『食いしん坊』の為に急遽買い出しが必要になり、せっかくだからとカイリを連れ出してみたものの、まさかあんな事になるとは思っても見なかった、と、ココは改めて謝罪した。





食料品を扱う店に入り、様々な食材をどんどん選んでいくココを見ながら、カイリはついポツリと呟く。


「…皆さん、ココさんともっと一緒にいたかったみたいですね」

「お客とは店以外で殆ど接触しないようにしてるからね。珍しかったんだろう」

次々と淀みなく食材を選別しながら、ココはカイリの発言にさらりとそう返す。

「…そう、ですか」

一緒に買い出しに来たはずなのに、カイリは何か手伝いができるという訳でもなく、ただ後ろをついて歩く事しかできない。

「ほら、その顔」

「え?」

「嫌、だったんだろう?」

「…イヤ……」

カイリは自分で自分に聞いてみる。

(私は、イヤなのかしら?)

他の女性が彼に対して積極的な態度を取るのが…?

自分が近くにいる時はこんなに嬉しいのに、彼の近くにいるのはこんなに楽しいのに、他の人がそうなるのはイヤ、なのかしら…?


「カイリちゃんは優しいね」

「え!?」

「ボクが困っているのを見て、自分のことのように嫌がってくれたんだろう?でももう大丈夫だよ」

「………」


次の店へと向かうココの後ろをついて行きながら、カイリは今のやり取りを頭の中で繰り返す。

嫌そうだった?
彼が?
私が?
…何が?

モヤモヤとした気持ちをもて余しすカイリは、ただひたすらココの背中を見つめながら規則的に足を動かす。

彼の言う通り、彼が嫌そうだったから私も嫌だったのかしら?
でも、そうじゃない気もする
そうじゃなくて……


「さ、着いたよ」

ふと気が付くとカイリは違う店に来ていた。
次は何を買うのかしら?と改めて顔を上げて、カイリはそこで初めて店内の様子に目を見開いた。

「ここは…」

「いつかね、連れてきたいと思ってたんだ」

そこはアクセサリー全般を扱う小さな店だった。
スイーツを模したシリコン製の携帯ストラップやブローチ、食材を型どったマグネットなど可愛らしい小物で溢れ返っている。

「さ、どれがいい?」
「え?」

ココは入り口付近で立ちすくんでいたカイリを店内へと誘いながらさりげない様子でそう聞いてくる。

「いつもボクが勝手に選んで買うばかりだろう?今日はカイリちゃんが欲しいものを自分で選ぶんだよ」

「わ、私が、ですか?」

「そう」

突然そう言われてもカイリはどうすれば良いのか分からない。

受動的に何もかも受け入れ耐えてきたカイリは、自分で何かを選ぶなんて殆どやった事がない。こんなに素敵な物に囲まれるだけでもクラクラしてしまうのに、どれが一番かなんてとてもじゃないが決められそうにない。

結局、キョロキョロと辺りを見回すだけしか出来なかったカイリは、最終的に困った顔でココを見上げて眉を下げた。

「…しょうがないね」

ココはふっ、と柔らかく笑って、ぐるりと周りを見回してから、ヘアアクセサリを2つ手に取る。

「取り敢えず、2択。これくらいから始めようか」

どっちが良い?

そう聞かれてカイリが見たココの大きな両手には、相対的に小さく見える髪飾りが1つずつ乗せられている。

カイリはココの掌を交互に見つめた。

ココは、いつものように辛抱強く同じ体勢で待っていてくれる。

「……では、こちらを」

カイリはしばらく迷ったあげく、彼の右手に乗せられていた髪飾りを選ぶ。

緑色のそれを選んだのは、どうしてだろう?

カイリは綺麗にラッピングされていく様子を見ながら、こっそりココを盗み見た。

…ココさんと、同じが良かったのかしら?

どうしてかは分からない。
カイリ本人よりも、電磁波を可視するココの方がよっぽどカイリの心情を理解してくれているのだろう。



「はい」

「…ありがとうございます」

だとしたら、私が何を考えてるかお見通しの彼は、今何を考えているんだろう?

買い物を済ませ、大量の荷物を抱えて家路を急ぐココの斜め後ろを行きながら、カイリはココの顔を盗み見る。

夕日に照らされる彼の顔はいつも通り真っ直ぐ前を見据えていて、オレンジの陽を浴びて少し色合いを変えたターバンとその顔に、結局カイリはただ見とれる事しか出来なかった。
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