短編1

□las hojas
25ページ/48ページ




『ちがうよ』

口で言うのは簡単だ。

まさにひと欠片のケーキの様に、そのフレーズを口にする事自体は大した行為ではない。


たった4文字の他愛のない言葉

ちがうよ、と。

寒さも、痛さも辛さも、決して完全悪とは言わないけれど喜んで享受する必要はない
与えられた痛みに感謝するには、君はまだ幼すぎる

だから言ってもいいんだ

寒いのは嫌だ、って
ひもじいのは辛い、って
痛い思いなんてしたくない、って

もっと甘えた気持ちを持っても良いんだよ、と。


「…そうだね」

けれど、ココの口から出てきたのは全く異なる4文字だった。

曖昧に微笑んで、そのままカイリの部屋を後にする。

そうやってカイリに背を向け彼女と距離を広げ、まず真っ先にココが思い浮かべたのは「これがボクなりの責任の取り方だ」という自分に対する言い訳だった。

だってそうだ

彼女に依存を、誰かを頼ることを教え、ではその対象を誰にする?

今現在彼女が持っている選択肢の中で、その期待に応えられる者は誰かと聞かれても、自分がまず一番あり得ない

彼女に年相応の少女らしい気持ちを抱かせ、誰かと寄り添って生きる素晴らしさを教えたとして、それを教える本人は毒人間で、その『誰か』にはなり得ない。

(いや、そもそも自分は彼女を指導する為に期間限定で共同生活を送っているだけで、対象として候補に挙げる事自体間違っている)


下手に彼女の世界を広げても責任が取れないくらいなら、今のまま


これまで通り、孤独で、無知で、そしてそれ故に強い彼女のまま


二人の時間が終わるまで、そのままで



自分の行動に責任を持つのなら、それが賢明な判断だ。
階下へと石造りの階段を降りながら、ココはそう結論付けた。




■□■□■□■□■□■□■□■□■


しかしその夜、嵐が激しさを増す夜半過ぎ、ココはカイリの部屋の前にいた。

外では風が吹きすさび、風を遮る物のないこの家は損壊する可能性は低いながらも、先程から壁のきしむ音と窓枠の揺れる音で結構な賑わいを見せている。

「……」

ココは右手を軽く握り、胸元まで上げ、しかし最後の一線が越えられずにそこで躊躇する。


この行為は自己満足で偽善的行為なのだろうか

これをきっかけに何かが変わり始めるのだろうか

いや、そんな事まで深く考えずとも、たまにはこんな夜があっても良いのかもしれない

とりとめのない思考は外の風に似てあちらへこちらへと風向きを変え、ココの手は一向に動いてくれない。



このノックは、きっと彼女の心のドアも開けてしまう

ココにはそのビジョンが少しだけ、視える

それはこの部屋の窓のように開いたが最後、開きっぱなしになってしまうかもしれない。
不器用な彼女は、きっとそうしてしまうのだろう。


開けるだけ開けて、いずれ逃げるのか

それが一番酷い行為なのではないか

一際大きな風が吹き、閉め切られているカイリの部屋からガタガタという音が聞こえてくる。
この音の中で彼女が熟睡しているとは思えない。
室内の電磁波を探るまでもなく、きっと彼女はベッドの中で膝を抱えて耐えているのだろう。


ふと、風の弱まったタイミングを感じた瞬間、ココの体が思わず動き、ドアをノックする。


あぁ、ごちゃごちゃと、言葉を並べ立てるのは簡単だ。


現実問題今ここには自分達しかいない

嵐の中、1つ屋根の下、彼女は自分でも気付かないまま今もきっと怯えている


「……はい?」


間を開けずに扉が開かれた。

彼女が起きていた証拠だ。

不思議そうにこちらを見上げてくる瞳に、少しだけ潤んで揺らめく瞳に、ココは躊躇いがちに語りかける。

「…ボクの毒のコントロールは、体調に左右される」

「…はい」

我ながら、何を言ってるんだ、とココは内心で自嘲する

「最近は凄く調子が良いんだ」

「はい」

「今夜は騒がしい」

「……そうですね」


「良ければ、ボクの部屋に来ないかい?」


「…はい?」


一度口に出せば、それは驚くほど何でもない事だった

「こう騒がしくちゃ眠れないだろう?夜更かしの相手には物足りないかもしれないが、誰もいないよりはましな筈だ」

「…ココさん?」

「おいで」

「は…は、い」

暗闇でもココの目にははっきりと見える。

カイリの顔がみるみるうちに赤くなった。

このまま、今夜は灯りを点けずに過ごそう、とココは決意する。


そうすれば、彼女に自分の顔は見えない筈だ。


そんな事を考えながらカイリを促し、ココは彼女の部屋の扉をパタンと閉めた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ