短編1
□las hojas
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「カイリちゃん?」
ノックをすれば中から「はい」と返事が聞こえてきたが、暫く待っても扉が開く気配はない。
そういえば、彼女の部屋をノックするのは初めてだ
ココは初日にこの部屋を整えて以降、この場所を訪れた事がなかったのを今更のように思い出す。
「開けるよ、いいかい?」
そう声をかけてからドアを開ければ、カイリは窓際で相変わらず風に髪を乱しながらココを不思議そうに見つめてきた。
「…男性を簡単に室内へ入れちゃいけないよ」
「?…はい」
「ノックが聞こえたら返事をして、相手を確認してからドアを開けるんだ」
「は、はい」
突然始まったココの説教に、それでもカイリは素直に返事をする。
「ノックもなしにドアを開けたり、了解も得ずに入って来ようとする品の無い奴には要注意だ。そんな男と付き合ってもろくな事にはならないからね」
「ろく、な事……」
一応頷きながらも、カイリは不思議そうにココを眺める。
頭の中では「6じゃないという事は7や8になるんだろうか?でもそれの何がいけないんだろう」とでも考えているのかもしれない。
慣用句が苦手なカイリはいつもココのさりげない言い回しに混乱し首を傾げる。
いつもなら、すぐさまその表現の由来・意味・使用例を説明してやるココなのだが、今はそれどころじゃない。
そうだった、こんな話をしている場合じゃなかった
ココは気を取り直して、先程からの疑問を単刀直入にカイリへぶつけてみた。
「その窓、いつから開いてるんだい?」
「…いつから、ですか?」
カイリはなぜそんな質問をされているのか分からないのだろう、聞かれた事に対して簡潔に答える。
「あの、初日にココさんが開けて下さいました」
覚えてらっしゃらないのかしら?と
そんな眼差しで見上げてくるカイリに、ココは自分の予想が当たっていた事を確信する。
「……やっぱり」
それから、ひとつ大きな溜め息を吐いた。
取り敢えず、窓の閉め方をカイリにレクチャーし、彼女自身にも1度開け閉めをさせてみてから、ココは彼女が礼を述べる前にひとつ苦言を呈す。
「窓ぐらい、閉めたければいつでも閉めて良かったんだよ。閉め方だって聞いてくれればいつでも教えたのに」
「す、すみません」
俯いて謝るカイリに、もう1つ溜め息をついて、いやそうじゃないんだ、とココは右手を上げてそれを制す。
思わず苦言を呈すような言い方をしてしまったが、本当に言うべきはそんな台詞ではなかった。
「…違うんだ。カイリちゃんが悪い訳じゃない。知らない事は罪ではないし、それはこれから変わっていける」
なんとなく、乱れた彼女の髪を一筋手に取ってココは吐いた分だけ息を吸う。
思わず彼女を責めるような態度をとってしまったが、彼女が嫌みでこんな事をする訳がないのは明らかだ。
一度預かった自分にこそ、そこまで配慮する必要があった。
ココは改めて、自責の念にその髪をそっと整えた。
「今までずっと開けっぱなしで、嵐とまではいかなくても天気の悪い日もあった筈だ。随分と寒い思いをさせてしまったね」
彼女がこの発言を否定する事など当然想定している。
その上でココは、開けっぱなしの窓に疑問を抱かない彼女に呆れるよりも、自分の配慮の足りなさを詫びる言葉を紡ぎたいと自然と思ったのだ。
「え?」
しかしカイリは意外そうな声をあげる
「寒かったら、いけないんですか?」
「…?いや、いけないかって……」
髪に手を添えたままを止まってしまったココの指を好きにさせてやりながら、カイリは相変わらずのように少し目線をさ迷わせ、言い淀むように言葉を選ぶ。
「寒いのは、良い事だと教わりました」
「…どうして?」
「そう感じるのは生きてる証拠だからです」
怖いのも、苦しいのも、おなかがすくのも、痛いのも、みんな生きているからこそだって
「感謝するべきだと、教わりました」
寒い寒いと呻いていた自分達には、いつも頭上からこの台詞が返ってきていた。
だからそうだと思ってました。
「違いますか?」
「………」
違うよ
当然そう言おうとしたココは、しかしそれ以上声を発する事ができなくなってしまう。
その場を、暫しの沈黙が支配した。