短編1

□las hojas
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カイリがココの元で暮らし始めてから約2ヶ月が過ぎようとしたある日、グルメフォーチュンを嵐が襲った。

この街では、その名の通り天気予報は気象予報士ではなく占い師が行う。
そして住人達も巷のお天気情報よりも彼らの予言を信頼している。

天気予報を専門に行う占い師もいるが、たとえ専門でなくても優秀な占い師であれば大抵の事は分かるのだろう。
気象占い師が嵐の訪れを預言し、売れっ子占い師のココが店を早めに閉めているのを見て、街の人々は今回の嵐の規模を確信し、それぞれの家路を急ぎ始めた。




「ん?」

いつもより早めに仕事を終え帰宅したココは、何気無く見上げた石造りの家の、今はカイリの部屋として使われている場所の窓が開けっぱなしになっているのに気付く。

「おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」

ココの帰宅に気付き、すぐに出迎えてくれたカイリへと視線を戻せば、彼女の髪が、強くなり始めた風に弄ばれてその顔を覆っていた。

「お疲れ様でした」

しかし彼女はそれを意に介さないのか、その乱れを整えることなく、乱れた髪のままココを見上げいつもの台詞を口にする。

「随分風が強くなってきたね。さ、早く中に入ろう」

そんなカイリをそっと促してココは屋内へと急ぐ。

身だしなみに気を使う事がそのまま叱責へと繋がるような、虐げられた日々を送ってきた彼女だ。その後のグルメ研究所での暮らしも人並みとは言えるものではなく、ここでの生活もまだ2ヶ月足らず―。

彼女が一般的な価値観を身に付けるにはまだまだ時間が必要なようだな、と改めてココは思った。




「そう言えば」

いつも通りに食事の支度を始めようとするカイリを呼び止めて、ココは嵐に備えて戸締まりをするよう指示を出す。

「カイリちゃんの部屋の窓も閉めておくんだよ。いいかい?」

「はい、分かりました」

先程見つけた光景にそう指示を付け足せば、相変わらずの素直な返事が返ってきた。




室内の準備をカイリに任せ、ココは強風に備えて屋外の小物を片付ける。

「キッス、お前はどうするんだい?狭くても良ければうちに入るといいよ」

風のやって来る方角、その更に先へとくちばしを向け、何かを見つめるような仕草をしていたエンペラークロウは、ココの言葉に彼を振り返り、しかしすぐにバサリと羽を広げて飛び立って行ってしまった。

おそらく、どこか適当な場所で嵐をやり過ごすのだろう

どのみちこれ以上風がキツくなれば空を飛んで移動をするのは難しくなる。キッスがいなくなったからといって何か困る訳でもない。

嵐が通り過ぎるまでカイリと2人きりでここに閉じ籠もるしかなくても、備蓄がある限りココにとってそれは特に問題ある事ではなかった。



風を切って空を行く逞しい家族の後ろ姿をしばし見送り、ココは家の方へ何気無く目を向け、そこではたと動きを止める。


石造りの家の、今はカイリが使っている例の部屋

そこには、四苦八苦しながら窓を閉めようとしているカイリがいた。


窓自体はガラス張りの、特になんの変鉄もない観音開きだ。
ただ、開ききった時にストッパーが降りて固定される仕組みになっている。
閉める時はそのストッパーをもう一度上げれば良いだけの至ってシンプルな造りなのだが、カイリはそれを知らないのか、控え目に、しかし一生懸命窓枠を揺さぶっていた。



ココの瞳孔が、緩やかに拡大する。

それは彼が視覚を活性化させた訳ではなく、たった今自分が目にしたもの、その視覚情報から導き出された答えに驚いたという反射反応だ。


「まさか…」

ココはそう呟き、瞳を強張らせたままカイリの部屋へと静かに、しかし足早に向かって行った。
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