短編1

□las hojas
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「すみません、ごめんなさい!」

「カイリちゃん、ちょっと待って!」

見開いた目からポロポロ涙をこぼし、震える口元を両手で隠したまま走り去ろうとするカイリをココは慌てて引き留める。

「本当にすみませんでした。明日グルメ研究所に戻ります。もう外の世界に出ようなんて思いません。知りたいとも思いません。許して下さいっ!」

カイリの二の腕をそっと、しかし確かに握り込んだココの胸を突っ張りながら、カイリは下を向いたまま何度も謝罪の言葉を繰り返した。


最初は慌てた様子でカイリの発言を遮ろうとしていたココだったが、彼女の延々と続く謝罪を聞く内に、すっとその瞳が据わり始める。


「カイリちゃん」

「離して下さい。もうこれ以上はご迷惑をおかけしたくないんです、本当なんです」

「いいから、ボクの話を聞いて」

「許して下さい」

「カイリちゃん」

「ココさんとっ、お話しするのが楽しくて、つい調子に乗ってしまいました。悪気はなかったんで」

「いいから少し黙って!」

少し語気を強めたココの声に、カイリの身体がびくりと硬直する。



「……どんなに混乱したとして、いや、混乱した時こそ、回りの声に意識を向けるべきだ」

すぐに声は穏やかなものへと戻り、いつものように淡々とした彼の口調がカイリを見下ろす。



「別に、君の為じゃない」


え?とカイリがココを見上げる


その様子は不安げで、自信なさげで、気の弱そうな、本当にどこにでもいる少女の顔だ。




「君がグルメ研究所に戻らず、ここに残ったとして、それは別にボクが優しいからじゃない」


優しいから、じゃない……


ココの発した言葉を繰り返そうとしたカイリは、しかし躊躇いがちに唇を何度か震わせただけで、ただココを控えめに見つめ返す。


「結局は、過去に対する少しばかりのセンチメンタリズムと、自己満足の押し付け…つまりはエゴに過ぎないんだよ」



掴んでいたカイリの腕を解放し、ココは肩をすくめた。



「ボクが君に対して何かしたとして、それは君を助けてる訳じゃない。君を過去の自分と置き換えて、自分の傷を癒そうとする、言わば代償行為だ」


平たく言うと、君は身代わりという訳さ


かつて苦しんでいたボクの、ね



「平たい……身代わり……」


カイリは必死にココを見上げている。



「そもそも、言葉が相手に影響を及ぼすのは当然だ」


カイリのリアクションなど無視して、ココは話を続ける。


「ボクは自分の店にやって来る客に色んな言葉を与える。それは時に彼らを励まし、束縛し、威嚇し、導いたりもする」


軽く膝の辺りを叩けば、少しだけ埃が舞った。


「勿論、傷付ける事もある。別にカイリちゃんに限った事じゃない。実際に怪我するよりも、言葉の暴力から受ける心の傷の方が深刻だなんて言う奴だっている。…ボクだって仲間内じゃ毒舌で有名だ」


「どくぜつ?」


「人を傷つけ不快にさせる言葉を生み出す者の事だ」


漢字変換に失敗したであろうたどたどしい復唱に、ココはそれでも詳しい説明など飛ばしてどんどん会話を進める。



きっと自分のこの醜い感情を彼女は理解できない



そして、理解できないと分かっているからこそ、こうして自分は全てをさらけ出している



今まで誰にも胸の内をさらけ出さなかったのは、自分が強かったからでも、優しかったからでもない。


ただ、見栄や意地、そんな誰もが持つ醜い感情を自分も持っていたに過ぎないのだと、


いつか彼女が理解する日は来るだろうか?




「人を傷つける言葉……ココさんも?」


真っ直ぐに見上げてくる眼差しを、ココは許す


気遣いを含んだ眼差しを


同情を含んだ眼差しを


彼女だけ、ココは許す


「そうだよ。しかもボクの毒舌はどうやらひどい方に部類されるらしい」



同類相憐れむ、という事か


端から見ればそうなのだろう


ココは淡々と自己分析を試みる。


まぁいいさ
そう見えるなら、そう勝手に思っていれば良い



そんなことを思いながら語るココの台詞は、最早独り言の域に達していた。



「相手が自分をどう見て取るかなんて、いちいち気にしてても仕方がないんだよ」


ココは落ちていた本を拾い、それも軽く叩いてから本棚へと戻す。


「ボクの毒だって、役に立つ時は有り難がられて、そうでない時は畏怖の対象でしかない。……本質を本当に理解できている奴なんて滅多にいないのさ」


それから、棒立ちのまま懸命にココの台詞を追い続けているカイリを振り向く。


「そんな奴等の低俗な反応にいちいち付き合ってあげるだけ時間の無駄だろう?」


1歩、1歩


そんなカイリへと歩みより、難解な単語を並べ立てるココは今、確かに彼女に甘えているのだろう


「ボクはこの体質に関しては、恐怖も、賞賛も一切求めていない」


もちろん、君からもいらない


「何が言いたいか、分かるかい?」


必死に頭を働かせる内に、涙の止まってしまった瞳が見たくて、ココは彼女の顎に指をかけた。


勿論、解答など期待していない



「…………つまり」


ごくりと、カイリが唾を飲み込む


「………つまり、私は……」



「うん」





「ここにいても良いと、言って下さってるんですか?」






「その通り」

にっこりとココは微笑んだ。


そのまま、「でも」と言葉を続けようとするその下唇を親指でそっと制止して、ココは楽しそうにウインクする。



「この話はこれでおしまいにしよう。今夜は少し冷える。寝る前の暖かいハーブティーをカイリちゃんが淹れてくれたら嬉しいんだけどな」


途端に色を濃くし始めた頬の赤に、ココは満足げに笑う。



「そう言えば」

「はい」

「さっき『離して下さい』って言われたけど、なにも起きなかったね」


その赤が、更に色身を増した。
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