短編1

□las hojas
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若干無理矢理ながらも(それを知っているのはココだけだが)カイリの説得に成功し、贈り物を続ける大義名分を手に入れたココは、その後の時間を終始機嫌よく過ごした。


夜も更けた頃、先にカイリがリビングを辞する。


「あの、今日も1日お世話になりました」


「うん、おやすみ」

ココの言葉を受けて、カイリは少し首を傾げた。

短い付き合いとはいえ、それが彼女からの『質問のサイン』だと気付たココは手元の本を一旦閉じ、彼女へと向き直る。

しばらく見つめていると、おずおずとカイリが口を開いた。


「それは、『寝ろ』という事ですね?」


「…まぁ、平たく言えばそういう事、になるんだけどね」


なるほど、それも知らなかったのか



彼女に欠けた知識の傾向が徐々に見えてくる。

書籍からは知り得る事のできない、些細な人と人とのやり取り、そういった類いの経験が彼女には決定的に不足しているようだ。


…と、希薄な人間関係しか持った事のない自分が言うには説得力に欠けるかもしれないが、それでも彼女よりましなのは確かだ。


ココは、ふむ、と少し目線を上に巡らせてから、説明を始めた。


「『おやすみなさい』…寝るときの挨拶だよ。別に寝ろと命令している訳じゃない。ゆっくり休んでね、といったところかな?」


そう説明してからもう一度「おやすみ、カイリちゃん」と告げれば、暫しの沈黙の後、俯いていた彼女の顔がそっと持ち上がり、小さな口が控え目に開く。


「はい、ココさん、『おやすみなさい』」


「う、ん……?」


ココの手から本がパサリと落ちた。


「?」


落ちた本を掴もうと咄嗟に伸ばした手は、何故か持ち上がってくれなかった。


「こ……れ、は……」


急に力の抜けた手のひらを訝しげに見下ろせば、その視界まで白く霞み始める。


ヤバい


なんとか立ち上がろうとした体は、膝からガクリと落ちてしまった。


「ココさん?」


慌てて駆け寄ってくるカイリの声に、まさか、とココは1つの可能性に思い至る。



『おやすみなさい』



『お休みなさい』



『休め』



つまりはそういう事なのだろう


言葉の通り、『休め』と言われた身体中の細胞が急速に活動を停止し始める


(誘眠性の毒など検出されてないのに…!)


ココの体内を分析するに、毒の類いが作用している訳ではないようだ。

そして、毒ではないのなら、ココに症状を中和する事はできない。


あっという間に重くなった瞼が、己の意思とは裏腹にどんどん閉じていく。


「ココさん!?大丈夫ですか?」


両膝をつき、踏ん張っていた両腕も遂には折れてしまい、リビングの床に倒れ込みながら、ココの耳は微かにカイリの声を捉える。


これは…強烈だ


もはや目も開ける事ができなくなったココは、急激に下がる体温を他人のように感じながら(できれば、彼女が毛布を掛けてくれると助かるんだけどな)と、どうでもいい事を思いながら目の前を暗闇に支配されていった。


「ココさん!?ココさん!?」


カイリは慌ててココの広い肩を揺するが、ココは両目を閉じてしまったきり全身からくたりと力が抜けていく。


「あの、ココさん!…しっかり……しっかりしてください!」



『しっかりして下さい!』



パチリ



その瞬間、ココの目が大きく見開かれ、背筋がしゃきんとする。


結構な勢いで上体を起こしたココに驚いたカイリは小さな叫び声を上げて逆に尻餅を着いた。
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