短編1

□las hojas
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後ろをトテトテとついて来る気配を背中に感じながら、ココはいつの間にか握り締めていた拳の力を意識的に抜く。


参ったな


とんでもない厄介事を引き受けてしまった。
誰かを世話するだなんて、よりによってこの自分が…。


いや、世話をするだけなら別に問題ない。

手のひらに乗る程小さかったエンペラークロウも、今では自分を乗せても問題ない程成長した。
(彼女を一緒に乗せて帰る事も朝飯前だ)

ココはチラリと後ろを振り返った。

ギクリ、と後ろの少女は立ち止まる。

思わず出てきそうになった溜め息を、ココはそっと押し留めた。



「そのお盆」

「はい」

「君のものじゃないだろう?」

「はい……すみません」

「あぁ、いや」

お盆を胸にギュっと縮まった彼女に軽く手を上げてココは説明する。

「そのお盆、返しておいで。それから自分の荷物をまとめて、エントランスまで来るんだ。ボクは外で待ってるから」


「…?……は、い」

カイリは少し首を傾げならも小さく頷き、反対方向にある厨房へ向けてペコリと会釈をしてから回れ右をした。

その姿を見送ってからココはグルメ研究所の外へ出る。

賢く気高いエンペラークロウは、どこにも行かずココの戻りを待ってエントランス付近で羽を休めていた。


「待たせてすまなかったね、キッス」

そう言って首筋をそっと撫でれば、一声短く鳴いた彼が羽を広げて離陸の体制に入る。


「あぁ、いや、実はもうちょっと待って欲しいんだ」

そのくちばしに軽く手を添え、彼をなだめながら、ココはさてどう説明したものかと暫し思案した。


「…実はね」

首筋の辺りの柔らかな場所を撫で付けながら、ココは言葉を選ぶ。

それはキッスの為というよりも、彼自身が未だに現状を受け止めきれていない中で、それでもなんとか自分の気持ちを整理しなければと思ったからだ。


「女の子を、1人、面倒見る事になったんだ」

キッスが無言で首を傾げる。
近くにいるため、片方だけしか見えないルビーのような瞳が真っ直ぐココの言葉を待つ。


「一緒に暮らす事になる。…部屋を用意しなくちゃね。あぁ、大丈夫、小さな女の子だからきっとそんなに重くはないよ」


そう言って微笑んでみるが、キッスはまるで何もかも分かっているかのようにココを見つめて続きの言葉を待っている。


「…正直、自信がないんだ」

ポツリと言ってしまった台詞に、我ながら情けないと思いながらも、肯定も否定もしない優しい赤い色にココは苦笑した。


育てるだけなら、いくらでもできる。
どんな植物でも動物でも、栽培・保育のマニュアルがあれば、死なせたり枯らせたりせずに世話するくらい、自分には雑作もない。

ただ、未知の能力を共に解明し、一人の人間としてまともになるよう育て上げるとなると、話は違ってくる。

自分を育ててくれた人物をふと思いだし、彼と自分を比較して、ココは先程押し留めた筈の溜め息をふと漏らしてしまった。







一龍会長は太陽のような人だった

懐かしい時期に思いを馳せる度、そんな事をココは思う。

決して良い思いでばかりではなかった『庭』での一時

それでも、当時を思い出すのは必ずしも苦しい事ではない


緑の風吹く草原で、仲間達と肩を並べて見上げた先にいる彼は、いつも眩しい程明るく、慈愛の柔らかさを湛えて、自分達の道を照らし続けてくれた。


貧しい町で生まれ、チェインアニマルとなった自分達が卑屈にならぬようにと、いつだって力強く優しく四人まとめて包み込んでくれていた。


……当時の自分以上に卑屈な少女

今の彼女に対して、その身に纏う電磁波を踏まえてココが持った第一印象だ

存在価値を否定された瞬間のあの電磁波

間違いなく『隷従』と呼ぶに相応しい自虐的な色合い

自己意識の低さはまだ出会って間もないものの顕著に見て取れ、あれを改善するのは至難の業に違いない。

かつての自分に似た少女

つまりはそういう事だ

意識すれば益々ココの中で憂鬱な気持ちが膨らむ



自分にはあんな真似は到底できない。

日陰に落ちてしまった花の種に、眩しい程の陽の光を与えて育てるような真似は…


「キッスも、仲良くしてやって欲しいんだ。頼んだよ」


それでも、経緯はどうであれ承諾してしまったのだ、今更あれこれと弱音を吐く程みっともない男ではない。


兎に角、取り敢えずは可能な範囲で出来る限りの事をするしかないな、と考えていると、後ろから声をかけられた。


「あの…」

「っ!」

驚いて振り向くと、例の彼女―カイリが申し訳無さそうに立っている。

「あぁ、すまない。少し考え事をしていたんだ」

そう言って改めて彼女を見下ろし、ココは首を傾げる。

彼女は手ぶらで、身一つでそこに立っていた。
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