短編1

□las hojas
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「それなら、仕方ないな」

退室しようとするココを横目に見ながらカパリと残りの酒を飲み干して、マンサムもこれ見よがしに溜め息を吐く。

「カイリの保護を始めて既に2年以上が経つ。能力の有効な活用法も見付からんなら何か他の方法で成果を出さねばならん」


「…?」


突然話題が変わり、カイリは何の事かと首を傾げるが、ココはマンサムの意図を瞬時に理解したのか扉を見据えたまま歩を止め、嫌そうに眉を潜めた。


「カイリ、明日からお前には最新医療を研究する研究チームに所属してもらう。彼らの研究に協力するんだ」


「あ、はい」

良く分からないながらもカイリは素直に返事をする。
彼がしろと言うのなら彼女には何の異論もない。
むしろ、自分でも誰かの役に立つことが出来るのかと嬉しくなる位だ。


一瞬、浮かれかけたが今はもう大丈夫

カイリはマンサムの指示を素直に喜んだ。




「…あなたが、チェインアニマルに対してある程度の愛を持って接しているのだと思っていたのはボクの買いかぶりだったみたいですね」


しかし、終わりかけた会話は意外な人物によって意外な展開を見せる。


突然、既に扉の近くまで来ていたココがそんな事を言い始めたのだ。


「?」

いや、彼の発言が具体的に誰の何を指しているのカイリには良く分からない。

それでも、上半身だけ少し振り返り、顎は真っ直ぐ持ち上げたまま、目線のみをソファのマンサムへと下ろす、その仕草の冷たさに、彼はどうやら不機嫌、もしくは怒っているようだと推測はできた。


でもなぜ?


そこまでは、カイリには良く分からない。


「愛ならあるさ!お前が思っている以上にな!ワシはいつだって全力でぶつかっとるよ!」

ココの不快感丸出しの発言を受けて、マンサムは逆に上機嫌な笑い声を溢す。


「…?」

そして、ココに引き続き、彼までカイリには訳の分からない事を言い始めた。

「……?……?」

マンサムとココを交互に見比べたところで、カイリには現状がさっぱり理解できない。


「結果を出さねばならんのは本当の話だ。無理ならもう彼女は用済みとして処理せねばならん。元いた場所に帰すか、どこか別の場所を斡旋するか、もしくは…」

恐ろしい選択肢をさらりと示唆して、マンサムは自前の酒瓶を煽る。

「だが、この子が倒れていた場所は危険区域、それまでいた場所は強制労働施設…。どちらに戻すにも不憫じゃないか。かといって今のカイリは推定年齢16才…1人で生計を立てるには無理がある」


状況が理解できないままに、突然始まったマンサムの仮定話を聞きながらも、カイリは本当にその通りだと取り敢えず1つ頷いた。




私に研究価値がなくなったら…

つまり、ここにいる理由がなくなったら…

それが私に残された未来だ

それくらいなら理解できるようになったつもりだ

それが受け入れて当然の未来だという事も誰よりも納得している




カイリはどこまでも素直にそう思う




私はでき損ないで、生きる場所を選ぶ資格なんてなくて、与えられた道を嫌だなんて思う事程おこがましい事はない




「…戯れにグルメ細胞を組み込んで、研究価値をあの手この手で模索し、飽きたら処分する…。相変わらずですね」



ココの声が、更にそのトーンを低くする。

マンサムが先程話した内容を聞いてから彼はやたら不機嫌で、なぜ彼がここまで苛立っているのか、カイリの処理能力ではキャパオーバーで現状を把握しきれず、さっきから思考はずっと停止してしまっている。


「お前達以降、グルメ細胞を持つ人材はなかなか育っていない。それが、肉体的な問題なのか、精神的な問題なのか、または指導者に問題があるのかは解明されてないが、やはりそれら1つ1つには切っても切れない関係があるようにワシは思う」



「…しかしそれでも所長、なぜボクが」


ココの語気が少し弱まった。


カイリをおいてけぼりにして続く会話に、ただ彼女は二人の顔を交互に見つめるしかない。


「あぁ、それなら簡単な話だ!カイリはずっとお前に憧れていたんだ!な、カイリ?」


「はい、は…えぇえ!?」


思わず条件反射で彼の発言に同意したカイリは、今まで生きてきた中で1番、素頓狂な、大きな声を出した。


「マンサム所長!そんな、違います!」

「バッハッハ、そうか、ハンサムか」

「もちろん、そうですけど、いえ!そうじゃないんです!」

あ、いや、そうじゃないって言うのはつまりハンサムじゃないっていう訳じゃなくて、と言っている内に自分でも何が言いたいのか分からなくなってしまったカイリを無視して、ココとマンサムは2、3の会話を交わす。



「研究補助費として、いくらか払おう」

「それをボクが受けとるとでも?」

「用途はお主の自由だ。そっくりそのまま彼女に渡しても良い」

「これ以上研究所からは何も要りませんよ」

「ばっはっは!嫌われたもんだな!」


「え?あの…」

すっかり混乱して、いつの間にか胸の前でお盆を抱き締めたまま顔を動かす事もできなくなっていたカイリの元へマンサムが近付き、その肩を叩く。


「元気でな、カイリ!」


「……え?」


ココが無言で扉を開け、退室する。

そして一歩踏み出したところで室内を振り返った。

どうやらカイリがついて来るのを待っているらしい。


「…え?…え?えぇ!?」



大きく目を見開いて、カイリは『え?』と『なんで?』を繰り返す。


い…


いったいどの会話からそんな事が決まったんだろう?


カイリは全力で混乱する。


彼はあんなに嫌がってたのに?


つまり、つまりこれって、行くって事だろうか?


私が……彼と?


嫌がってる、彼と?



「行きたくありません!」


そこまで思い至った瞬間、気が付いたらカイリはそう叫んでいた。


そんなのダメ!

カイリはマンサムの顔を必死に覗き込む。


そんな、彼に迷惑をかけるような事、私はしたくない!
私は役立たずのお荷物だけど、せめて、せめて彼には嫌われたくないもの!

「所長!お願いします!今まで通り私をここに置いておいて下さい!」

カイリは普段の戒めも忘れてマンサムにに懇願した。


「私、ここが好きなんです!」

「マンサム所長も、私の作るおつまみ食べたいはずです!」

「どこにも行かなくて良いって、ここにいて良いって、言って下さい!」



「…ほう」


マンサムがカイリを見下ろしニヤリと笑う。

次にココを見て、腰に手を当て、ばっはっはと声を大きくした。


「見ろ、ココ。早速1つ新しい発見があったぞ」


そしてカイリをクイッと親指で指差す。



「どうやら本心でない言葉は、なんの力も持たんようだ」




「そ、そんな…私は本当に…!」


トンと背中を押され、カイリは所長室から追い出される。


呆然と所長室の扉を見つめている間に、四天王ココは既に歩き出してしまっていて、暫くしてから、急かすように視線が一度振り返る。

カイリはお盆を胸に抱えたまま、その視線に対する条件反射のように足が彼の元へと動き始めるのを、どこか他人事のように感じていた。
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