短編1

□las hojas
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驚く2人を無視して、マンサムは勝手に話を進める。


「さっき説明した通りだ。彼女はお前同様グルメ細胞を持っている。そしてその声は生物の生死を操るほどの力も秘めている」

カイリは目の前で繰り広げられる会話が信じられず、ただ目の前一杯に広がるお盆を凝視するしかない。


ええと、つまり


「だが彼女はまだその力をコントロールできない。そもそもどんな能力なのかも把握し切れていない位だ。そこで、お前に力の使い方を指導してもらいたいと思ってな」


私が、彼と?

彼とこの声の使い方を探す、の?


混乱しながらもマンサムの話からそんな日々をうっかり想像して頬を染めていたカイリの耳に、ココの声が静かに響き渡る。


「ボクには受ける義務も義理もないと思うのですが」



―義務も、義理も、ない…?



―つまり、ええと―


難しい単語の連続にしばし頭をフル回転させ、それが遠回しな『嫌です』という答えかもしれないと思い至った瞬間、カイリの上昇しきっていた体温は一気に凍り付いた。





「まぁそう言うな。これはワシからの個人的な頼みだ」

いつもの豪快なノリを少し抑えてマンサムが静かにそう言うが、ココはそれきり口を閉ざしてしまう。


一体これからどうなるのか?


いつまでもお盆しか見えない世界にいたって何も分からないと、カイリは意を決してお盆を下げ、もう一度彼を盗み見た。


ココは、ソファの上で背筋を伸ばし、男らしくやや開いた膝の上に両の拳を乗せて、真っ直ぐマンサム所長を見据えている。


その瞳にはやはり毅然とした拒絶が表れていた。




「…やっぱり今日の運勢は最悪だ」

瞳を附せ、小さくココが溜め息を吐く。
細められた目には不快感さえ見て取れた。

「ん?そう言えばお主、巷では随分人気の占い師らしいな。自分の運勢も分かるのか?」

「そうですね。大体は」

短く答えてココは立ち上がった。

「でも、今日は占う必要もありませんでしたよ」

彼はもうカイリの方を見ようとはしない。

「ここに呼ばれるという事はつまり、厄介事に巻き込まれるという事ですから」

ソファに深く腰掛けたままのマンサムを上から冷たく見下ろして、ココははっきりとそう言い切った。






そのままドアに向かうココは、つまりマンサムからの依頼を断って帰ろうとしているのだろう。


その歩みを止める術など、カイリには見付けられる筈もなかった。






少しでも彼と接点が生まれるのかとドギマギしてしまった自分の浅はかさが、カイリは恥ずかしくて居たたまれない。

彼の言う通りだ

こんな厄介事を引き受ける理由が彼にはない
自分にも、それに見合う価値などどこにもない

見る事もないだろうと思っていた人と会う事ができた
瞳の色まで知ってしまった
自分にはそれだけで過ぎた幸せだ

それ以上ココを視界に入れる事すら申し訳なくて、彼を穢してしまいそうで、カイリはローテーブルに視線を移した。

さっきまで彼がいた場所の前では、先程置いたホワイトアップルのシードルが手付かずのままで残っている。

汗をかいて滑り落ちた1滴を見ながら、カイリは再びそっと自分の心に蓋をした。
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