* change of heart *

□14話 心変わり 後編
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*ツバキside




真っ暗な深い深い海の底へ沈んでいくような感覚。
ましてや海面上には太陽の光なんて射すことはない。

それは希望の見えない闇の中。
苦しみもがくことも目を閉じることさえ億劫だ。


オレは何の為に強くなったのだろう。
ずっと生きる希望を与えてくれた復讐でさえ、第三者の手によるまやかしだった。

オレのこの五年間はただの茶番でした。
それで終わればどんだけマシだったか。
オレの所為で大切な人たちを、フィルたちや親父を巻き込み、人生を台無しにさせた。

不意にアスターの声が再生される。

『君に生きてる価値なんてあるのかな?』

オレが消えればフィルたちも親父も自由になる。
もうオレに生きてる価値なんて―――――。


何もかも放り出して目を閉じようとした時だった。

突如、目の前が真っ白に輝く。
余りの眩しさに目を閉じた。


再び開くとそこはかつての自分の住んでた家の跡地だった。
家は崩れ落ち、近くの大樹には不格好な造りの小さなお墓があった。
母さんの墓だ。

「なんでここに―――――?」

「久しぶりだね」

不意にソプラノの声が響く。
声のした方を見やると、そこには紛れもない小さい頃の自分がいた。
自分の無力さを呪ったあの頃の。
驚きの余りに声を失う。

「ねぇ、何か反応してくれてもいいんじゃない?」

頬を膨らませて拗ねる小さい頃の自分。

「ええと、何でお前が居るんだ?」

「うーんとね。僕に『傲慢』が付与されたときに封じ込められた人格。それが僕だよ」

「……待った。意味が分からない」

「まぁ、そうだよねー」

てくてくと小さな足を動かし母さんの墓前まで行く。
そして墓石代わりの小さな石を優しく撫でた。

「アスターの催眠術で僕たちに『傲慢』が与えられた。それにより孤立させて他人との協力を拒ませた。
そしてダークライの悪夢で復讐心を忘れさせなくする。
これで一人で復讐を誓う君の出来上がりってわけ」

「あぁ。そこまではアスターに言われた。
それで?」

「うん。その『傲慢』が与えられた時に邪魔だった為に封印された感情が僕。
ここは僕たちの心の中だよ」

「何だ。じゃあ夢か」

またダークライが悪夢でも見せているのだろうか。
だとしたら性(たち)が悪い。

「違うよ!? 心の中だってば!
『傲慢』の効果が切れたからこうして会えるの!」

「で? 何の用? もうどうでもいいんだけど」

「君に生きて欲しい」

「は? お前はオレの心の中にいたんだろ? だったら理解しろよ。
さっきお前が説明した通りこの五年間は偽りだったんだよ」

吐き捨てるように昔のオレに言葉をぶつける。するとこんな問いが返ってきた。

「五年間、全部?
フィルたちやシランさんたち、ラグナやスクールの皆と過ごした時間も嘘?」

「っ! あいつらとの時間は嘘じゃねえ!
オレにとっては大切な時間だった!」

その言葉を聞いた昔のオレは満足げに笑った。

「それじゃあ今やるべきことは分かるよね。僕らの大切な人たちの為にするべきことが。
自分勝手に消えるだなんてそれはただの甘えだよ」

「―――――――!」

………あぁ、そうか。馬鹿だな、オレは。
過去の自分に諭されないと気づかないなんて。
何でこんなに大切なことを忘れていたんだろう。

「うん。その様子だと大丈夫そうだね」

気づけば小さな身体がオレに抱きついていた。暖かな体温が伝わってくる。

「ありがとな。もうオレは振り返らない」

「それでいいんだよ。
でも最初にしなきゃいけないこと、気づいてる?」

「ああ、もちろん」

「ふふっ、今度は素直になってよ?
今の君が居るのはあの子のお陰なんだからね」

「余計なお世話だよ」

くしゃくしゃと小さな頭を撫でた。
すぅーっと小さなオレが消えかかっていく。

「忘れないで。君は僕で僕は君だ。
過去の自分も、今の自分も。弱虫な自分も強くなった自分も、意気地無しな自分も勇気のある自分も。全部、僕らだ」

そう言い終わると完全に背景の白に溶け込んでいった。
オレは真っ白な空間で一人残された。
そして何もない宙に向かって呟いた。

「……ありがとな。ダークライ」

「だーから! 心の中のぼーくー!
どれだけ疑い深いの!?」

「あははっ、冗談だよ」

「全くもう!」

どこからともなく聞こえる幼き声。
オレはもう一度、感謝を言葉にした。

「ありがとな、オレ」

「どういたしまして、僕」

意識が薄れていく。
瞼がとてつもなく重い。
そのままオレは心地良く眠りについた。
 
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