図書館戦争アナザー番外編

□図書特殊部隊の苦難の日
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良化隊との抗争もなく、図書館内外でのデモ活動もない、とある平和な春の日に些細な事件が起こった。

「おはよぉーございます」
「あ、御堂!ちょっとこれ見て!!」

まだ覚醒途中の頭で奈緒が事務室のドアを開けると朝から元気な笠原がすっ飛んでくる。
その勢いのまま連れられた先はタスクフォース隊員の予定表ボードの前だ。
ボードの前では手塚が腕を組みながらなにやら考え事をしていた。

未だ隊内で1番下っ端の奈緒、笠原、手塚の三人はコーヒーメーカーを仕込んだり事務室をざっくり掃除する慣習があるが故に他の隊員より出勤時間がやや早い。

そのため予定表は昨日の夜のまま、帰寮や帰宅の文字が並んでいる。

「…で、これがどうしたの?別にいつもと」

なにも変わらないけど、と言いかけて言葉を飲み込んだ。
明らかに様子が違う箇所を見つけてしまったからだ。

「……なまはげ関東に出没悪い子要注意…?」

代わりに、玄田の名前の横に書かれた文言を読み上げると、笠原と手塚がぶっと吹き出した。

「なにこれ」
「…俺が出勤した時にはもうこうなってた」
「誰かの悪戯かなぁ?」

普段はびっくりするくらい雑な字で帰寮と書かれているその場所に高校生のような丸文字でそんな事が書かれていれば手塚と笠原が肩を震わせるのも無理はない。

三人でこのシュールな悪戯を残すか消すか悩んだ末、結果残す事に決めた。




「それってあんたたちの隊長様にケンカ売る勇者がこの図書隊内にいるってことよねー」

食堂で事の顛末を聞いた柴崎がカラカラと笑い、堂上が険のあるため息をつく。

「何が勇者か。ただの愉快犯だろ。あのおっさん無駄に喜ばせてとばっちりを喰うのは誰だと思ってるんだ」
「そりゃあ十中八九堂上教官ですよねぇ」

結局、あのいたずら書きに1番喜んだのは被害者の玄田であり、タスクフォースに愉快犯確保の命令が下されたのだ。
そしてその任務遂行の責任者には大方の予想を裏切ることなく堂上が任命されたのは言うに及ばずである。

「犯人探しっていっても、証拠も何もないのに一体俺にどうしろと…」
「まぁ今のところ打つ手もない し、このまま何もなければそのうち隊長も飽きるでしょ」

頭を抱える堂上の横で苦笑した小牧がほうれん草の胡麻和えを口に運び、「えーそんなのつまらなぁい」と柴崎が不満げな声をあげた。


そんな堂上班の淡い期待を裏切り、翌日も予定表には怪文が記されていた。

「これはまた秀逸ね…」

昨日と違うのは今回被害にあったのは玄田の一つ下に名前のある緒形だったという点だ。

『青春が家出中』

そう書かれた緒形の欄を見て感心して呟いたのは柴崎で、今朝もいたずら書きがあったことを何処かから聞きつけてタスクフォースの事務室に朝から入り浸っている。

「まさかこの犯人一日ずつターゲット変えていく気かな?」

興味半分、呆れ半分で笠原が呟く。
今日は玄田の欄が普段通り帰寮となっていたところをみると、玄田個人を狙った犯行ではない。
となるとタスクフォース全体に恨み(というには少し軽すぎる内容だが)を持つ人物が何かしらの目的を持って行なっている可能性がある。

「やだぁ、それちょっと面白いじゃない。あぁん、残念。この予定表にあたしの名前ないし」

愉快犯に何を書いて欲しいのか本気で残念がる柴崎の隣で玄田が「これは我々タスクフォースに対する挑戦状だな」とますます燃え上がり、堂上班の面々はもううんざりという態でそれぞれ本日の業務についた。

翌日以降、青木班のメンバーもそれぞれ意外と的を射た文言でいたずら書きされ、ついにその被害は堂上班にまで回ってきた。

「堂上教官が『むっつりスケベの隠れドS』で小牧教官が『かっこいいは正義』…で、あんたは何だって?」
「…『生足ファン急増中』」

缶ビールを傾けながらニヤニヤ笑う柴崎にくされ気味の笠原が答えると、柴崎はビールもろともぶっと吹き出す。

「汚っ!」
「ごめんごめん。だからあんたあたしがその生足で稼がせちゃるって言ってるのにぃ」
「いらん!本気でいらん!」

顔を真っ赤にして抗弁する笠原にケタケタと笑う柴崎は奈緒に視線を寄越すと「で御堂は?」とまたニヤリとした。

「『逆輸入エロテロリスト』」

正直口にしたくない単語だが羞恥度だけを考えれば笠原よりは幾分ましか。

「もうだめ…我慢の限界…っ」

最初から少しも我慢などしてない柴崎は大爆笑しながら床を転げ回る。
柴崎ファンが見たら百年の恋も冷めるだろうな、と内心思いつつも柴崎があまりに楽しそうなので口には出さずに胸の内に秘めておく。

「順当に行けば明日は手塚の番かー」

犯人は律儀に予定表に書いてある名前を上から順に犯行に及んでいるのでイレギュラーが発生しない限りは明日は手塚が何かしら揶揄されることになる。

悪戯もここまでくると皆面白がるようになってきており、「もう放っておけばいいんじゃね?」的な雰囲気だ。
笠原も明日手塚が何を書かれるのかと期待している節がある。

「でも玄田隊長が燃えちゃってるからね…そろそろ尻尾掴まないとうちらの立場が危うい」
「減俸なんてことにならないようねぇ」

柴崎の言葉にそれまで面白がっていた笠原が固まった。

「こんな任務で減俸!?」
「あり得なくはないでしょ。一応任務なんだし。減俸は大袈裟としても何かしらのペナルティはあるかもよぉ?」

こういう時、高見の見物に甘んじる事ができる部外者の柴崎は気楽なものだ。ただ面白がっていればいいのだから。

「御堂!犯人捕まえよう!!」

急にやる気をだした笠原に凄まれ、奈緒も気は進まないながらも頷いた。


そして翌日、犯人は法則通りきっちりと手塚の欄にいたずら書きを残していた。
その内容は、

『あと一歩なのにね(´・Д・)」』

ご丁寧にも顔文字付で、おそらく見てるこっちがイライラする程進展しない柴崎との関係を揶揄したものだろう。

「…なるほど。こういうパターンもあるのか」
「残念だね手塚」
「お前ら…その顔文字と同じ表情で俺を見るのやめてくれないか」

愉快犯にまで同情されていたたまれないのか、肩を落とした手塚の背中には哀愁が漂っている。

「まぁ気にするな」
「うん、堂上の方がトータルすれば長いことちんたらしてたしさ」

堂上と小牧のフォローも今の手塚には虚しいだけだ。
もっとも小牧はフォローしているのか堂上をからかっているのか微妙だが。

「しかし、この犯人の情報収集能力半端ないですね。手塚の恋愛事情まで把握してるとなると…」

手塚と柴崎の青臭い関係はタスクフォースなら誰でも知っているが、表向き手塚は爽やか好青年のエリートで、実態はアレだが柴崎も難攻不落の高嶺の花なのである。
そうなると可能性は一つ。

「…内部犯、ですかね。やっぱり」

奈緒がぽつりと漏らすと、他のメンバーも薄々勘付いていたのか深いため息を吐いた。

笠原からの提案で、その日から隊長室に隠れての張り込みを開始したが2日連続失敗に終わる。
初日に堂上・手塚ペアが、その翌日には小牧・笠原ペアが張り込んでいたのだが、気づいた時にはもう予定表は書き換えられていたという。

「…犯人、まさか幽霊とかじゃないよね」

あまりの神出鬼没ぶりに奈緒が眉根を寄せてそう言うと、堂上がくつくつと喉で笑った。

「…なに」
「いや、お前が真剣な顔であんまり可愛いこと言うから」
「堂上教官なんかちょっと小牧教官に似てきた」
「そうか?」
「うん。笑いながら意地悪言うとことかそっくり」

類は友を呼ぶと言うが、最近の堂上はこういうセリフをサラッと言うから心臓に悪い。

いたずらっぽく笑った堂上に軽く触れるだけのキスをされ、抗弁しようとした口を今度は堂上の手で塞がれる。

「…誰か来た」

声を落とした堂上に耳元で囁かれ、奈緒も無言でこくこくと頷く。
息を飲んで気配を窺っていると、隊長室のドアが開かれた。

「今日はお前らが張り込み班か。毎日ご苦労なこった」

扉の向こうから現れたのは緒形で、あからさまに落胆した様子の奈緒たちに苦笑している。

「まぁなんだ。あんまり無理はすんなよ。正式な任務じゃないしな」

労いの言葉と差し入れを残して、緒形は事務室を出て行った。
こんな気遣いをしてくれるのも緒形くらいなものだ。

一時間後、堂上のそろそろ切り上げるかという言葉に隊長室をでた奈緒は瞠目した。

「…やられた」

予定表の手塚の下の欄、進藤の名前の横に『巨乳より寄せて集めてギリギリB派』と書かれていたのだ。

全神経を集中させていたのに、一体犯人は何処から現れて音もなく消えていくのか。
そんなことを考えて、ふととんでもない事実に気がついてしまった。

「……堂上教官。犯人わかったかも」

奈緒がその名前を口にすると、堂上は明らかに動揺する。

「お前…それはいくらなんでも…」
「でも、それ以外考えられない。私も信じたくないけど」

この破天荒なタスクフォースで、唯一大人だと言われていたあの人を疑うのは気が引けるが、もうその可能性しか残されていない。
堂上と奈緒は顔を見合わせてから、長いため息を吐きだした。



張り込み期間中の共通点。
それは、緒形が差し入れを持って来てくれたこと。そして、いずれも緒形が去った後にいたずら書きがされていたことだ。

となると犯人として考えられるのはやはり緒形以外にはいないのだ。
翌日、班を代表して堂上が緒形に釈明を求めると、堂上班の面々が固唾を呑んで見守る中緒形はあっさりと犯行を認めた。

「案外時間かかったなぁ。もうちと早く俺に辿り着くかと思ってたぞ」

全く悪びれない様子の緒形はそんな行動に至った経緯には全く触れず、そうとだけ言うと書類の束を持って事務室を後にする。

脱力した笠原と奈緒はその場に崩れ落ちた。

「大人が…ちゃんとした大人がうちには1人もいない……」
「緒形副隊長だけが心の支えだったのに!!」

今にも泣き出しそうな二人を見て、ちゃんとした大人でないお調子者おっさん集団たちからブーイングが沸き起こった。


結局、いたずら書きに関しては緒形よりも玄田の方が責められる立場になった。
緒形の真意はわからないが、『そんな奇怪な行動を起こす程玄田に精神的なストレスを与えらている副隊長が可哀想』というのが隊内の共通認識で、緒形に同情票が集まったからだ。

「おい、緒形。この案件なんだがな、お前に任せ…」

そこまで言って、玄田は続きを飲み込んだ。ただならぬ視線を感じたためだ。

見ると、事務室にいた全員が白い目で玄田を睨みつけている。

「なんだなんだ、お前ら反抗期かぁ?」

がっはっは、と笑う玄田にその全員が乾いたため息を吐く。

「おい。何だってんだあいつら?」
「さぁ。自分にはわかりません」

怪訝な顔の玄田に緒形が書類に視線を落としたまま素知らぬ顔で返す。

この先暫く、玄田が緒形に仕事を振ろうとするたびにタスクフォース内ではアンチ玄田現象が続いたという。

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