図書館戦争アナザー番外編

□小さな恋の予感
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二年になって同じクラスになった吉川くんは、他の男子と何かが違った。
何処が違うのか説明するのは難しいけど、他の男子と一緒にはしゃいでても、子供っぽくないっていうか、雰囲気が大人…っていうのかな。

明るくて優しくてカッコ良くてクラスの人気者なのに、運動も勉強も普通な地味で目立たない私にも、毎朝ニカッと笑って挨拶してくれる。

「やっぱいいよねー吉川」
「うちの学年じゃあいつがダントツだな。一年とか王子って呼んでるらしいよ」

所謂モテグループの女子のなかでもしょっちゅう話題にあがる吉川くんの評価はやっぱり高くて、こんな会話を聞きながもてるんだなぁ、なんて感心してた。

吉川くんは私から最も遠い場所にいる人で、クラスメイトなのにテレビや雑誌でしか見ないアイドルと同じ、手の届かない存在だ。

そういう意味で、吉川くんのことは絶対に好きになんかならないと思ってた。
好きになっても無駄だから。
でも、そんなことを思ってた時点で本当はもう随分前から吉川くんのことを好きになってたのかもしれない。


夏休み開けのHRで行われた席替えで、窓側最後尾の席をゲットした私はかなりご機嫌だった。
三年になったら文系コースを選ぶことを決めてから、理系科目は軒並みお絵描きタイムになっている。
絵を書くのだけは小さい時から好きだった。おかげで何もやっても平均前後の私が美術だけは先生にもちょっと褒められたりする。
特に数学の小松先生の似顔絵は親友のお墨付きだ。

「超いい席ゲットだね」
「うん、ラッキー…だ、よ」

前の席に座った誰かが話しかけてきて、上機嫌で返した言葉が尻すぼみになったのは、その誰かが私的に不可侵のアイドルであるところの吉川くんだったから。

「よろしく」と言ってニカッと笑った吉川くんになんて言えばいいのか考えているうちに、吉川くんは前を向いて隣の席の子と話し始めてしまった。

せっかく声かけてくれたのに、なんでもうちょっと気の利いた会話ができないんだろう。
そんな後悔の念を抱きながらも今朝寝坊して見過ごした今日の占いを携帯で見てみたら、星座の方も血液型の方も結果は案の定一位で、机の下で小さくガッツポーズした。



後ろの席になってから、今まで知らなかった吉川くんの色々な事がわかるようになった。

考え事をする時はシャーペンをくるくると器用に回す癖とか、本気で笑うと片っぽの頬っぺたに笑窪ができるとか。
1番気になったのは、携帯をいじると一瞬悲しそうな顔をする事。
吉川くんのそんな表情を見るたび、胸が針で刺されてるみたいにチクチク痛んだ。
だから私は、吉川くんにそんな顔をさせるその真っ赤な携帯がちょっと嫌いにだった。

「うわぁ…大河超へこんでんだけど」
「まぁ無理もねーけどな」

制服が冬服に変わって、コートを着て登校する人をちらほら見かけるようになった頃、私の知る限りで初めて吉川くんが授業をサボった。
背の高い吉川くんがいないと凄く視界が広くなって、なんだかいつもの教室がまるで違う場所みたいで落ち着かない。

「…吉川くん、何かあったの?」

吉川くんと同じ中学でいつも一緒にいる隣の席の村田くんに聞くと、村田くんはちょっと困った顔をして頬をかいた。
差し出がましい質問だっただろうかと内心焦る。

「んー、まぁ…うちらの中学では有名な話だし、本人も別に隠してないからいっか」

村田くんは同意を求めるように側にいた男の子を見上げた。
確か隣のクラスの人で、多分この人も吉川くんと同じ中学出身なんだろう。
名前も知らないその人が苦笑して頷くと、村田くんは小さく溜息を吐いた。

「大河はさ、中2の時からずっと好きだった人がいるんだよね。結構ド派手にプロポーズなんかもしててさ」
「プ、プロポーズ……?」

中学生がプロポーズ。
それはなかなか衝撃的で、しかも吉川くんのイメージじゃないっていうか。
要するにちょっとショックを受けてしまった。

「それだけ本気だったんだよ。ほら、あいつ夏休みとか交換留学でアメリカ行ったりしてただろ?全部が全部その人の為って訳じゃないけどさ、この高校受けたのだって、元はと言えば早くその人と釣り合う男になって迎えにいく、っていう目標があったからだし。相当頑張ってたよ。中3の最初の模試ではうちの学校D判定だったのに」

となると、うちの学校の生徒が吉川くんと知りあう事ができたのは遡ればその人のおかげということで、ありがたいような悔しいような。
交換留学は成績上位者しか行けないから、今もその人の為に頑張ってるのかと思うと何だか切なくなる。

「でも、高校にあがるちょっと前にふられちゃってさ。本人も忘れようとずっと努力はしてたんだけど、結局今の今まで忘れられないままで、昨日死刑宣告が、ね」

意味が分からず首を傾げると、言い辛そうな村田くんに代わって隣のクラスの男の子が懇切丁寧に説明してくれた。

「大河の好きな人、来年結婚するんだって。しかもその相手がまた大河が凄く尊敬してる人でさ。そんなのおめでとうって言うしかないじゃん?」
「……それで、サボり?」
「今日は見逃してやってよ。多分相当ショックだっただろうから」

苦笑した村田くんが、頭にぽんと手を置いてくる。
別に責めるつもりで聞いたわけじゃないけど、そんな風に聞こえてしまったのかもしれない。
私は何だか勝手に失恋したみたいな気持ちになって、午後の授業は持ち主不在の前の席をただぼーっと眺めてることしかできなかった。


「あ、お弁当忘れた」
「待ってるからとってきなー」
「ごめーん」

上履きをしまおうとして、机の横にお弁当箱をぶら下げたままだったことを思い出した。
あほー、とむくれる親友に両手でゴメンのポーズをしてから教室に走る。
息を切らしながらようやく三階の教室まで辿り着いて、一瞬心臓が止まるかと思った。

誰もいないはずの教室で、風にたなびくカーテンの向こう側。
窓にもたれて携帯の画面を見つめる吉川くんの表情から目が離せない。

どうしよう。
でも絶対こんな姿見られたくないよね。
お弁当箱は諦めて戻ろうとしたら、急に体勢を変えたことが災いして思いっきりすっ転んでしまった。

慌てて振り返ると目を丸くした吉川くんがこっちを見ている。
やばい。
恥ずかしすぎる。

「や、あの…決して覗き見してたわけじゃなくて、その、お弁当箱が!」
「……ああ、これ」

必死になるあまり変な言い訳になってしまったが、私の机の横にぶら下がったお弁当箱に気付いた吉川くんは親切にも床に無様にへたり込んでる私の元まで持ってきてくれた。

「はい」

言いつつしゃがんだ吉川くんにお弁当箱を差し出され、申し訳なさいっぱいで受け取る。
ニカっと笑った吉川くんのまつげが濡れていて、胸がぎゅぅって苦しくなった。

「…吉川くんの好きな人って、どんな人?」

気づいたらそんなことを口走っていた。
困ったように笑う吉川くんを見て自責の念が押し寄せてくる。
私のバカ。
今そんなこと聞いてどうするんだ。

「それ、俺的に今1番触れて欲しくない話題なんだけど」
「そ、そーだよね!ほんとごめん!!申し訳ないですごめんなさい!!」

ガバッと下げようとした頭を吉川くんの手が止めた。

「待った。今そこで頭下げたら土下座みたいになっちゃうから。そんなんさせるほど怒ってないし」

そうは言われても申し訳なさ過ぎて、ごめんなさい、ってポツリと呟くと、苦笑した吉川くんは「ん」て言って私の頭を撫でてくれた。
こんな時くらい、他人に優しくしないでもいいのに。
そんな風に無理して笑うくらいなら八つ当たりしてくれた方がまだましだ。

そんなことを考えていたら、真っ赤な携帯が視界に入ってきた。
待ち受け画面に映ってたのは、今より少し幼い顔の吉川くんと、知らない女の人。

「…これって…」
「俺の好きな人。どんな人って言われてもうまく説明出来ないけど」

だから、携帯を見るたびあんな顔をしてたんだ。
画面の中の女の人は凄く可愛くて、その横で笑っている吉川くんはとても幸せそうだった。

なんか、ちょっと悔しいな。
きっと私や他の女の子が何人束になってかかっても、吉川くんにこんな顔で笑ってもらうことなんかできないと思う。
この女の人だけがしってる吉川くんがそこにいた。

「吉川くんって……面食いだったんだね」

心がいじけて思わずそう言うと、吉川くんはぶっと吹き出した。

「否定はしないけど…お前案外毒舌だな」

そう思うなら、それはきっとたった今本格的に自覚してしまった気持ちのせいだ。

吉川くんが好き。

多分、二年生になって、初めて「おはよう」て言って笑ってくれたあの日から。

「じゃあ、また明日」

そう言って、吉川くんは廊下を歩き出した。

いつか。

もちろん顔だけで好きになったんじゃないだろうけど、今は見た目の情報しかないからとりあえずの目標として。

いつか、あの人より綺麗な女の人になることができたら。

吉川くんの隣にいてもいいかな。
そうしたら、吉川くんは私にもあんな風に笑ってくれるだろうか。

「吉川くん!!」

遠くなった背中に叫ぶと、驚いた顔の吉川くんが振り返った。

「私…その人よりいい女になってみせるから!!そしたら、その時は、吉川くんに好きって言ってもいいかなぁ!?」

支離滅裂なのは分かってる。
ていうかこんなの予め宣言することじゃないし、そもそもあんな美人よりいい女になれるかどうかも怪しい。

でも、この気持ちをどうしても伝えたかった。

そんな私の一方的な宣言を受けた吉川くんは、ちょっと困ったように笑ってから、

「……期待して待ってる!」

そう叫んでVサインを作った。

吉川くんのいなくなった廊下を見つめていると、携帯がポケットの中で震える。
通話ボタンを押すと親友の怒鳴り声が耳をつんざいた。

「ちょっと、あんたどこまで弁当とりに行ったわけ!?」
「あ、ごめん、今行く」
「もー。そういやさ、あんたそっちで吉川に会った?」
「……なんで?」
「なんかさ、さっき吉川とすれ違ったんだけど、めちゃくちゃ上機嫌だったから。あいつ今日落ちてたんじゃなかったっけ。なんかいい事でもあったのかな」
「…さぁ」
「まぁいいけど。とにかくダッシュね」

電話を切って、誰もいない廊下を走る。

何年先かは分からない。
でも、始まる恋の予感に胸が高鳴った。


いつか、私の隣で笑ってください。

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