図書館戦争アナザー

□9年後のプロポーズ
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「あれ、折口さんいらしてたんですか」

事務所の扉で、折口がはぁーい、とキスを投げる。今時のキャリアウーマンの格好をしてはいるが折口の仕草はいちいち昭和くさい。
玄田の同級なのだから年齢的に当たり前だが、ツボに入ったのか小牧が吹き出した。
業務部にはいわゆるお局様が数多く存在するが、なにしろタスクフォースには笠原と御堂といううら若い乙女しか女性はいないのだ。
古き良き時代の女性の扱いには慣れてない。

「小牧くん、今私のことおばさんだと思ったでしょう」

見透かされて眉を下げた小牧がすみません、と謝ると折口は「失点一よ」と言って笑った。

「今日はなんの御用ですか」

堂上の言葉に険があるのは先日折口と奈緒のことで衝突したのがまだ消化しきれていないためだ。

「そんな怖い顔しないでよ。今日の目的は奈緒ちゃんじゃないの」

苦笑した折口がビジネスバッグから雑誌を取り出す。

「この前のフォーラムの記事が載った見本誌よ。我ながらいい出来だと思うわ」

折口の記事は本人がいってのける通り、読者を惹きこませるものだった。図書館と考える会、そのどちらかの肩を持つような書き方はされていないのに読み終わると自然と図書館側の主張に共感している。
そんな魅力のある文章だ。

悠馬と大河についても触れられており、二人の記事はある小説の引用文で締めくくられていた。

前途は遠い。
然し恐れてはならぬ。
恐れない者の前に道は開ける。
行け 勇んで 小さき者よ。

「さすが敏腕編集者ですね」

読み終えた小牧が感心して呟くと、ただのおばさんじゃないのよ、と折口は嘯いた。

「悠馬たちに連絡してきます。これ見たら喜びますよ」

そう言って小牧は席を立った。
折口は堂上の肩に腕をまわしニヤリとする。

「どう?堂上くん」
「あなたの記者としての腕は認めます。でもそれと御堂の取材の件は別ですが」

仏頂面で応えると、折口が吹き出した。堂上の顔に唾が飛ぶ勢いだ。

「折口さん…」

抗議の視線を送ると折口は堂上の背中をバンバンと遠慮なく叩く。
この辺の粗雑さは玄田にそっくりだ。

「過保護ねぇ、相変わらず。それが上官としてなのか男してなのかは気になるところだけど、そういう初々しいハートウォーミングなネタは畑違いだから突っ込むのはやめとく」

これが年上の女性でなく、玄田の友人でもなければアホか貴様!と一喝するところだが、現に折口は20も年上で、間違いなく玄田の近しい友人だ。
堂上は黙って堪える。
小牧によってこの手のからかいにもだいぶ慣れてきた。

こういう手合には専守防衛で押し黙るに限る。

「それに心配しなくても奈緒ちゃんの取材は諦めたわ」

堂上は眉根を寄せて溜息を吐く折口を見上げる。

「この前きっぱり振られたの。長いこと片思いしてたから、これでも落ち込んでるのよ」

言いつつふんぞり返る折口は落ち込んでるようにはとても見えなかったが本人がそういうのだからそうなのだろう。
折口の人情の機微に触れられる人間はここでは玄田くらいなものだ。

「家族と大好きな同僚と尊敬する上官が自分のことを分かってくれているからそれで十分なんですって。欲のない子よね」

折口は苦笑する。

『折口さんにお話があります』
電話でそう告げられた時はまさか断られるとは思っていなかった。

「愛されちゃって、妬けるわ」

奈緒の言う尊敬する上官が誰のことかなど聞かなくても分かる。
相変わらずの仏頂面の頬がこっそり緩んだのを見て折口が肩を竦めた。

「奈緒ちゃんの取材諦めて正解ね。アラフィフで独身の女にはあなたたち目の毒だもの」

半分八つ当たりでそう揶揄するした折口は、堂上の反撃を受ける前に玄田の部屋へ逃げ込んだ。
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