図書館戦争アナザー
□不意打ちのリベレイション
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「まぁいいんじゃないか」
フォーラムの前日、プレゼンの最終草案に目を通した堂上が上出来だ、と悠馬の頭に手を置いた。
「子供目線でよくまとまってるわ。変に背伸びしてなくて好印象よ」
資料をめくりながら感心したのは週刊誌編集者の折口だ。
折口の担当する週刊新世相の発行元の世相社は良化法制定後も検閲について批判的な姿勢を貫く数少ないメディアのうちの一つである。
折口は玄田の古くからの友人でもあり、今回フォーラムの取材をしたいと申し入れてきた。
敏腕編集者の折口は強力な助っ人である。
その折口からお墨付きをもらい、悠馬は満足そうに帰っていった。
「ところで」
言うやいなや折口がシャッターをきる。
フラッシュの光の眩しさに笠原と奈緒は目を細めた。
「玄田くんのところに女性が入ったって聞いたからどんな厳つい子かと思えば…」
2人とも可愛いわぁーと折口が抱きついてくる。
「おい、そいつらの取材は許可した覚えがないぞ」
玄田が言うと折口は渋々カメラのデータを消す。
両親が週刊新世相のコアターゲット世代らしく、笠原はカメラから写真のデータが消去されたのを再確認している。
「特に貴女がここにいるのは意外だったわ」
こちらを向いてウインクしたところを見るとどうやら奈緒に向けて言っているらしい。
「結構しつこく粘ったんだけど忘れちゃったかしら?」
そう言われて記憶の糸を手繰り寄せる。
週刊誌、折口、新世相、世相社。
「…あ、もしかして」
脳の検索網にそれらの単語がひっかかる。
世相社は6年前、奈緒にコラムやら自叙伝やらの依頼をしてきた出版社の一つだ。
成田に向かう飛行機の中で橘に渡された依頼リストに世相社の名前があった事を思い出す。
空港で検閲に関するコメントをしてからその依頼を他の出版社が軒並み取り消して行く中で、一社だけが依頼の手紙を自衛隊を通して送り続けていた。
たしかどれも差出人の名前は折口だった気がする。
「思い出してくれたかしら?ねぇ、今からでも取材させてくれない?張り切って特集組ませもらうわ」
「折口さん!」
迫る折口に気圧されていると、堂上が立ち上がった。
「そいつの取材は上官として許可できません」
「あらどうして?」
「…御堂の過去と彼女が今タスクフォースとしてここにいることは関係ないからです」
うそぶく折口に怯んだがすぐに立て直す。
「それはあなた達にとって彼女が身内の人間だからでしょう?世間はそう思ってはくれないわ」
だがやはり折口はにべも無い。
「テロリストに育てられた可哀想な女の子」
折口の言葉にいよいよ殴りかかりそうになった堂上を小牧が抑え込む。
「おまけに、人を撃つ感覚が忘れられず今も銃を握ってる危険な人間。貴女に対する世間の印象はこんなところかしら」
容赦ない折口の言葉に愕然とする。
確かに図書隊、中でもタスクフォースは自衛隊や警察よりも銃を撃つ機会は多い。
でも、人を撃つ感覚が忘れられない?
それは誰のこと?
この人は何を言っているの?
「人は想像する生き物よ。知らない部分を勝手に想像して、勝手に見下すの。それは貴女が1番よくわかってるんじゃないかしら」
言い返すことはできなかった。
親切にしてくれた人は少なくない。
でもその好意の裏には『怒らせたら何をされるかわからない』という感情が透けて見えていた。
奈緒といると気遣うわー。
あぁ、ね。たまに話題に困るよね。
両親殺されてんでしょ?家族の話とか奈緒の前でできないし。
勘に触るようなことして教室で自爆テロとかされても困るしさー。
大学時代奈緒のいない所で繰り返されてきた会話だ。
聞こえてなかった振りをして戻ると何事もなかったかのように向けられる笑顔。
折口の言うとおり、彼女たちにとって奈緒は可哀想で、でも無碍にするには危険すぎて、仕方なく相手をしてやっている存在だったのだ。
「でも貴女は本当に可哀想なのかしら。本当にそんな危険な人?」
そう言うと、折口は優しく笑った。
「6年前貴女を成田で見た時、私はもっと貴女のことを知りたいと思ったわ。世間にも知って欲しいと思ってる。それは今でも変わらないの」
美人な筈の折口の笑顔が玄田のそれと似て見えるのは2人が類友だからだろうか。
「…考えさせてください」
奈緒は堂上に日報を渡すとお疲れ様です、と頭を下げて出て行った。残された面々は何も言えず押し黙る。
「…お前がキツイのはいつものことだが」
口火を切ったのは玄田だ。
「今回ばかりはちと乱暴すぎやせんか」
「そうね。ちょっと手荒だったかもしれないわ。でも早晩彼女が直面する問題よ。みんながみんなあなたたちみたいに背筋を伸ばしてまっすぐ生きてるわけじゃないわ」
そう言うと鬼の形相で睨みつけてくる堂上に気づき、折口は溜息を吐いた。