図書館戦争アナザー

□純一無雑のハニー・トラップ
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「今年の新人はほんと面白いね。堂上も大変だ」
「何を他人事のように。お前もあいつらの上官だぞ」
「でも班長は堂上だし。俺はあくまで補佐」

小牧が笑うと堂上は溜息をつく。
タスクフォースに配属された新人三人は玄田の一存で堂上班にまとめてぶち込まれた。
副班長として小牧をつけてくれたのは玄田なりの優しさだろう。

新人隊員の教育を目的とした特別訓練から帰ってきた2人は堂上の部屋で酒を酌み交わしていた。
一ヶ月半のテント暮らしの後のビールは殊にうまく感じる。
まだ日が高いうちから酒をあおっているのはご愛嬌だ。
お盆や正月以外に公休が2日続けてもらえることはタスクフォースに配属されてからは滅多にあることではない。

「まさか第二の堂上が2人も現れるとはね」

小牧の軽口に堂上は舌打ちを吐き捨てる。
今や恒例となった図書特殊部隊の新人歓迎行事は、昼間「林業関係者から熊の目撃情報が多数出ている」と伏線を張っておいて、深夜寝ている新人隊員のテントに「出たぞー!」と草束で作った熊のダミーを放り込む、という実にくだらないものだ。

「手塚は玄田隊長の期待通りに反応してくれたけど…うちのお姫様達はほんと、じゃじゃ馬というかなんというか」

小牧がくっくと笑う。
あんな狂犬みたいな女たちを捕まえてなにがお姫様か、と堂上は反駁した。

新人時代テントに侵入してきた物体を「クマだ!」と殴り飛ばした。

それを喜んだ玄田が新人歓迎行事として定着させたというのだから、心底くだらないと思いつつも半分は自分の責任でもある手前、堂上は毎年このふざけたイベントの片棒を担がされる羽目になったわけだが。

玄田のおふざけにまんまと嵌められた五年前の自分のいたらなさを今年は違う形で実感させられたのだ。

「うわぁあ!」

悲鳴をあげて怯える手塚にネタバラしを済ませ、よっしゃ次ぃ!と玄田一行は笠原のテントに向かう。

こんな夜更けに本人の許可なく未婚女子の寝床に忍び込むのは如何なものか、と世間の常識を説いたところで聞く玄田ではなく堂上も渋々後を追った。

「クマかっ!?」

叫んで笠原が草束を殴りつけると爆笑が弾ける。
「クマ殺しの笠原!」
「よっ堂上二世!」
などという単語が飛び交い、事態を把握した笠原が堂上をにらみつけた。
その赤く染まった顔が5年前の自分を見ているようで、堂上は視線を逸らす。

知るか!俺のせいじゃない!…半分は。と胸の内で伝わらない言い訳をする。

ひとしきり笑ったところで、玄田が拳を打ち鳴らした。

「最後は御堂だな!あいつはテロリストあがりだ、慎重にいけ!!」

テロリストあがりという聞きなれない言葉にひるむどころか目を輝かせるあたりは流石タスクフォースである。

音を立てないように細心の心配りでファスナーを下げた先輩隊員が奈緒のテントに草束を投げ込む。

電光石火の間にダミー熊が原型をとどめない無惨な姿で飛び出した。

「熊殺しの堂上班を有する我が図書特殊部隊は今度から熊駆除の依頼も請け負うか!」

玄田が放言すると爆笑が…弾けなかった。
一様にして言葉を失った面々に堂上が何事かと眉根を寄せる。
少し背伸びをして前で固まる小牧の肩越しの狭い視界に奈緒の姿を捉え、堂上は目を見開いた。

テントからもぞもぞと這い出た奈緒は殺気に満ちた目で辺りを見回している。
胸元が伸び切った黒人サイズのTシャツから生足を曝け出した状態で。

群衆を掻き分け脱兎の勢いで奈緒に駆け寄った堂上が男たちの視線を遮るように立つと、彼方此方から抗議の声があがった。

「な、ななな、なんだ貴様その格好はぁあ!!」
「あー、どーじょーきょーかん。クマが…」
「そんなことはどうでもいい!とにかく服をきろ、服を!」

長年の癖で敵の襲撃には瞬時に反応したが、まだ寝ぼけているのだろう。
舌足らずな奈緒はむー、と目をこする。

「…服ぅ?…あぁ…おはよーございます」

自分の体を見つめて暫く考えた後、何を思ったのか下げようとした頭を堂上が掴んで止めた。
くたびれきったTシャツを着てそんなことをすれば後ろの独身おっさん集団を喜ばせるだけだ。

「アホか貴様!頭を下げるな!」
「えー…?あ」

頭を下げるなと言われた意味を履き違え、敬礼しようとした腕も掴んで下げさせた。
そんなやり取りを繰り返してどんどんそのラインを下げていくTシャツが奈緒の形のいい胸の膨らみまで曝け出そうとする。

耐え兼ねた堂上は奈緒の頭に思いっきり拳骨を落とした。

「いったぁ!」

星が飛び出るような痛みに奈緒は目を白黒させた。
ようやく覚醒した頭で顔を真っ赤にして拳をわなわなと震わせる堂上と自分を囲む男の集団を交互にみつめ、はて?と首を傾げる。

「え。何この状況?」
「さっさと…服をきて来いこのどアホウ!!」

間髪いれず堂上の怒声が飛び、奈緒は慌ててテントの中に飛び込んだ。




「あの時の堂上の顔…っ」

ビール缶を握りしめながら小牧が悦に入った。

「自分の上官に向かって、散れー!!て喚きながら暴れまわる人初めて見たよ俺」
「あれは不可抗力だ!!」

だからこいつと酒を飲むのは嫌なんだ。
堂上はテーブルに広げたつまみのピーナッツに噛り付く。

「まぁ寝起きの悪さは置いといて、やっぱり凄いね彼女」
「…ああ」

教育訓練と違いタスクフォースの特別訓練は実戦を想定して行われた。
そこで堂上達は奈緒の実力を目の当たりにする。

射撃訓練では全弾が狙えと指示された急所を誤差一ミリ程度の範囲でぶち抜き、自分の体重を超える重さの装備で軽々と山を越え、リペリング降下の速さに至っては神業といっても過言ではない。

隊長の玄田ですら「ありゃ即戦力だな」と舌を巻いた程だ。

「実戦経験だけなら俺らより先輩だし、ある程度は予測してたけどあそこまでとは正直思わなかったよ」
「図書隊員としてはまだ半人前だ」

それは確かにそうだ、と小牧ははにかんだ。
奈緒は優秀だ。
指示されたことは確実にこなすし、状況に応じて最善の方法に切り換える判断力もある。

半人前と言いきったのは、そこに意志がないからだ。
手塚のように誰よりも優秀な自分でありたいという欲も、笠原のように憧れの人の背中を追って自分も本を守りたいという願望も奈緒からは感じられなかった。
必要だからやる。
それは奈緒の長所であり、最大の欠点でもあった。

ふとした瞬間に感情を無くし、全てを諦めたような目をする奈緒はその度堂上の庇護欲を掻き立てる。
その気持ちが上官としてなのか、1人の男としてなのかは自分でもわからなかった。

「散々からかっといてこんなこと言えた義理じゃないけど」

缶ビールをテーブルに置き真顔になった小牧に軽く眉根を寄せる。

「誰かの王子様になったからって、その誰かに遠慮して自分の恋愛に足踏みするのはおかしいんじゃないかな」

脈絡なく投下された爆弾に堂上は含んでいたビールを吹き出した。

「物語と違ってエンディングは決まってないんだし、ロミオの恋人がシンデレラっていうのも俺はありだと思うけど?」

ニンマリとした小牧を本気で追い出そうとすると、小牧はごめんごめん、と笑いながら不誠実な謝罪をした。
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