図書館戦争アナザー

□怒りのメイク・マイ・デイ
1ページ/2ページ

練成訓練を終えた奈緒がいつものように戦闘服を脱ぎ捨てスエットに着替えたところで部屋のドアがけたたましく鳴った。

遠慮のかけらもないそのリズムは柴崎のものである。
今日はやけに早いな、と思いながらノブに手を掛けると外から勢いよくドアが開かれた。
ギリギリの所で回避出来たからいいもののまともに食らっていたらかなりのダメージを被っただろう。

「ちょ、柴崎。ノックの意味」
「いいからちょっと来て!」

奈緒の手をむんずと掴んだ柴崎はそのままの勢いで隣室の柴崎たちの部屋まで奈緒を連行する。

「あれをどうにかして頂戴。部屋中が鬱の空気にまみれて居心地悪いったらないわ」

びしっ、と柴崎が指差した先ではもう7時を回るというのに電気もつけず膝の間に頭を入れてうずくまっている笠原の姿があった。

「…なにごと?」

教官に詰られ小突き回されと、どんな虐遇を受けても怒りをパワーに変える笠原がこんなにあからさまに落ち込んでいる。
これはただ事ではない、と柴崎に視線を戻すと柴崎は肩をすくめた。

「堂上教官にこっ酷く叱られたらしいのよね」
「いやでもそれはいつものことでしょ」

そういえば、今日は基地警備訓練のローテーションで堂上が同行するのだと朝から笠原がテンションをだだ下げていたことを思いだす。

「それがね…」

柴崎はその華奢なラインの手のひらで自分の頬をぺちぺちと軽く叩いた。
その行動の意味がわからず眉を顰めた奈緒の背中を柴崎が突き飛ばす。

「もうまどろっこしいわね!百聞は一見に如かずよ。笠原!顔あげろ!」

命令された笠原が反射的に顔をあげたのを確認し、すかさず柴崎が部屋の明かりをつける。

「ぶっ」

笠原の腫れ上がったほっぺたを見て吹き出した奈緒は慌てて口元を抑えたがそれも無駄な抵抗に終わり結局大爆笑してしまった。
背後では柴崎も肩を震わせている。

「顔あげろっつったのあんたらでしょーがっ!」
「や、ごめん、まさかそんな状態になってるとは思わなくて」
「ほんと派手にやられたわよねー」
「人が落ち込んでるっつうのにあんたらは…っ」

飽きるまで笑い終えた後に柴崎が説明を始めた事の顛末は、今日の館内哨戒訓練中に図書損壊の現行犯を投げ飛ばしただけで満足した笠原が堂上に損壊犯確保の名乗りをあげた所で犯人から捨て身の反撃を受け笠原を庇った堂上が笠原の代わりに殴られた、というものだった。

拘束の義務を怠った笠原を堂上が引っ叩いた結果がこの色々な意味で見るに耐えないほど腫れ上がったほっぺただという。
腫れ具合いからして普段と違い堂上が手心を加えていないことは奈緒にも分かった。

おまけに、いつまで経ってもスポーツ気分なら辞めちまえ、お前は防衛員に向いてない、と辛辣な文言まで添えられたというのだから笠原のショックの程度は推して知るべしだ。

「まぁ、とりあえずは」
「ひゃっ!?」

キッチンパックに氷と水を詰めこんで口を縛り笠原の頬にあてがった。

「しっかり冷やしときなよ。多分今日の夜もっと腫れるから。場合によっては痛み止め飲まなきゃいけないレベルになるかもしれないから今日はやけ酒も禁止」

笠原がしゅんとして頷く。神妙な笠原というのはなんとも面妖なもので、それは柴崎も同じだったらしく

「あんたがそんなに慎ましいと私が落ち着かないから一刻も早く立ち直りなさい」

と柴崎なりに笠原を慰めた。

「ねぇ、御堂」
「んー?」
「防衛員として私に足りないものってなにかなぁ…?」

笠原が何を聞きたいのかは分かる。そしておそらく奈緒はその答えを知っていた。
堂上が普段から笠原に特別厳しく当たる理由も確信に近い見当はついている。

「それ、私の口から聞いたら今日堂上教官が笠原を殴った意味がなくならない?」
「…ですよね」

肩を縮こませた笠原が忍びなく、余計なお世話を承知の上で一つだけ言わせてもらうなら、と前提を置いてから言及する。

「もしそれが実践だったら今頃笠原も堂上教官もこの世の人じゃなくなってるよ」

奈緒の言葉に笠原は自分の肩を抱いて震えた。

笠原が奈緒と決定的に違うのは自分の身を守るという事が何を意味するのかを知らないところだ。

敵の力を奪うまで。
敵の自由を奪うまで。
時にはその命を奪うまで油断してはならないことを奈緒は知っている。

そうして自分の身を守る事が仲間の安全につながる事も。

スポーツと違ってそこに相手をたたきのめせば終わりなんてルールは存在しないのだ。

それが分からなかったから笠原は堂上に殴られた。
だけどそれを分からずとも今まで生きてこられた笠原が奈緒は羨ましかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ