図書館戦争アナザー

□第一章
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「ちょっと、あのクソ教官あたしのこと目の敵にしてなぁいー!?」

隊員食堂で笠原は怒りをぶちまける。どうやら先程の訓練で自分だけ罰則の腕立てを課せられた事に憤っているらしい。

「クソ教官て、堂上教官のこと?」

堂上篤。
この関東図書基地の図書隊で教育訓練を受けている新人隊員に『鬼教官』と恐れられているその人は笠原が不満を口にするのも無理らしからぬ程度にはとりわけ笠原に厳しかった。

ただその外見は身長を除けば世の男子の平均を大きく超えていることは明らかでもあり、笠原と寮で同室の柴崎を筆頭に堂上賛成派も少なからず存在し「奴は論外」と言い捨てる笠原以下反対派と、私は好きだけどな、イマイチかなぁ、身長がもう少しあれば完璧、などと各自好き勝手に己の教官を査定し始めた。

「御堂は?御堂はこっち側だよね!?」
「…えー」

我関せずと芋の原型がわからなくなるまで煮込まれた肉じゃがを味わっていた奈緒は逡巡する。
柴崎を賛成派、笠原を反対派とするなら自分は。

「中立派、かな?」

奈緒の回答に笠原はがっくりと肩を落とした。
実際のところ奈緒を直接指導している教官は堂上ではなく小牧というやたら笑顔の無駄なイケメンであり、堂上をどう思うかなどと聞かれたところでどうもこうもないとしか言えないのだ。

女子が得意とする『その場の空気を読み適当に話を合わせる』というスキルを発動させるのは奈緒にはまだ難しかった。

そもそも好きと嫌い以外にどうでもいいという選択肢があることを忘れてもらっては困る。

「お前らの俺に対する評価はよくわかった」

背後からの低い声に笠原の顔がサッと青くなった。

「チビで性格の悪いクソ教官か…俺も人間だからたまたま耳に入った罵詈雑言が指導に影響を及ぼさないかどうかまでは保証できんが」

あたしはイマイチ、と笠原に肩入れしていた反対派の面々も堂上と目を合わさないように細心の注意を払いながら手つかずのままだった昼食をいつもの倍速でたいらげていく。

「あたしは褒めてたから関係ないですよねー、教官?」

早速裏切った柴崎をキッと睨んだ笠原が今度はすがるような目で奈緒を見つめてきた。

「いやいや、中立。中立だから」

面倒なことには巻き込まれたくない。
援護射撃を諦めたらしい笠原は食堂のおばさんの苦労も顧みず肉じゃがやらサラダやらをいっしょくたにしてガツガツとかき込んだ。

「早食いは体に悪いよ、笠原さん」

青筋をたてる堂上の横からからかい口調でそう口にしたのは小牧だ。

奈緒の言うところの無駄なイケメンであり背も高い小牧は女子隊員からの人気も高い。

心の中でとはいえ『イケメン』に『無駄な』という形容詞をつけて彼を評した奈緒にとっては堂上よりも小牧の登場の方が気まずかったのだが、ぺこりと頭を下げると笑顔で返され、よかった聞こえてない、と口に出していないのだから当たり前の事なのだがホッとする。

「どうせもうご飯不味くなったからいいんです。行こう、柴崎、御堂」

居心地が悪いのだろう笠原が早々に席を立つ。
え、私もか。
と内心思いつつも教官の半径2メートル以内という状況は笠原でなくとも避けたいものではあり、お茶を一気に飲み干して笠原の後に続いた。

「くっそぅ、チビのくせに!」

怒りがおさまらないのか笠原は食堂へ繋がる廊下の壁を蹴りつける。

「背で選り好みしてたらあんたますますハードル高くなるわよ」

毒づく笠原に柴崎がしれっと言い放った。

「どうせ私は大女だわよ、悪かったわねっ!」

ていうか問題はそこじゃないんだけど、とまくしたてる笠原を無視した柴崎は後ろを歩く奈緒に振り向く。

「その点御堂は選り取り見取りだわね。あんたより身長の低い男なんてそうそういないでしょ」

150センチにあと一歩というところで成長を諦めた体は本人とっては170センチの笠原とは別の意味でコンプレックスなのだが、柴崎にはそれは長所に映るらしかった。

「でも身長よりもっと高いハードルが私にはあるからなぁ。選り取り見取りどころか笠原より絶望的な状況だと思うけど」
「えぇ?何それどういう意味よ」

無邪気に問いかける笠原を柴崎が肘で小突く。
こういう何気無い瞬間に6年経った今でも自分は他人を気遣わせる存在なのだと実感させられた。

「物心ついた時から銃握ってテロ行為に日夜励んでたなんて経歴を持つ女を堂々と親に紹介できる男なんて笠原と釣り合う身長の男探すより難しいって意味」

しまった、と口を押さえた笠原はバツが悪そうに視線を泳がせる。
そのわかりやすい救難信号に助け舟をだしたのは柴崎だ。

「でもあんたくらい容姿が飛び抜けてれば親と縁切る覚悟でも自分のものにしたいなんて男掃いて捨てるほどいるわよ」

こういう類の言葉を妬み嫉み的な要素を含まずに口にできる柴崎は特異な女だといえる。
初対面の奈緒に対して
「あたしよりあらゆる点で少しずつスペックを上回る女を初めて見た」
とサラッと言った柴崎が
「ここの男共は幸せね。あたしとあんたみたいないい女の顔毎日拝めるんだから」
と続けて奈緒の度胆を抜いたのは記憶に新しい。

「いや、そんな親不孝者はそのまま掃いて捨てるべきでしょ」

奈緒の返しにけたけたと笑う柴崎は、道理だわ、と呟いた。

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