図書館戦争アナザー

□序章
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彼女の人生における最初の記憶は決して幸福なものではない。

フリルを贅沢に施したピンクのワンピース、広い車内で談笑する不惑に近い年齢だろう男女。
もうその顔を思い出すことも出来ないがその2人をパパとママと呼んでいたことだけは覚えている。

後部座席とカーテンで隔たれた運転席から運転手が悲鳴のような声で何かを叫ぶと、先程まで穏やかに微笑んでいた2人の表情が凍りつく。

彼女にはそれが何を意味しているのかはわからなかったが我先にと車外へ飛び出したパパとママを追いかけようと身を乗り出したその時ーー

ピンクのワンピースが真っ赤に染まった。

お気に入りのワンピースを台無しにしたそれが血だということ、そしてそれが誰のものなのかを足元に転がっている数秒前までパパとママと呼んでいた『物』を見て理解した彼女は胃の中のものをすべて吐き出した。

恐怖で固まった彼女の首筋にひやりと冷たい鉄の感触。

銃の知識などまるで無く、その存在すら知らなかったがその冷たい鉄の下す命令に逆らえないことをまだ五歳だった彼女は本能的に悟った。

「…クス。おい、フォックス!」

重たい瞼を開くと心配顔の戦友が安心したのか短い息を漏らす。

「ジェイク、顔が近い。目覚め一発目がこの距離感でのお前の顔っていうのはかなりキツイ」
「お前なぁ。酷い顔で唸ってたから悪い夢でも見てるのかと思って起こしてやったのにその言い草はないだろう」
「悪い夢、ねぇ…」

五歳の少女には突然やってきた恐怖でしかなかった一連の出来事も16にもなろうという年になった彼女にはあの時何があったのか段々と理解できるようになった。

彼女が裕福な家の娘だったこと、その身が政治的な取引を有利に運ぶための交渉の道具にされたであろうこと、10年の歳月が経った今も彼女がこの地で生活している事実から推測するに祖国が彼女を見捨てたこと、そしてあの時父と母がわが身可愛さに娘をおいて逃げ出したということ。

全くもって救いようのない話だが彼女はそのどれについても恨んだりはしていない。
人間の心理として自分の命が1番大事だとおもうのは無理からぬ話だし、10年間食事を与え生き抜く知恵を与え彼女を育ててくれたのはあの日彼女に銃を突きつけたテロリストその人なのだ。

「作戦の前だぜ、しっかりしてくれよ」
「人の夢見の心配をする前に射撃の精度をあげて欲しいもんだけどね。背中を預けるのがあんただと思うと前の敵に集中できない」
「お前を基準にして人を批判するなよ、この化け物め」

彼女の育ての親は優秀な男だった。彼の徹底した教育のお陰で彼女は組織に必要不可欠な存在として一目おかれる地位を確立できた。

そんな彼女を取り巻く状況が一変したのは一週間前のことだ。
あらゆる言語、教養、そして武器の扱いに至るまでを叩き込み、彼女にフォックスという名を与えたテロリストのリーダーが急逝した。

作戦中流れ弾に心臓近くを撃ち抜かれたのだ。
即死だった。
リーダーを失った味方は大混乱に陥り多くの仲間もまた彼の後を追っていった。

代わりにリーダーの座におさまったマハリは器の小さい男だ。感情に任せて動くタイプでその行動に合理性や一貫した理念は存在せず、頭の悪さはもはや致命的とも言えた。

だが聞いただけでその無能ぶりを露見させる作戦に異を唱える権限など誰も持ち合わせておらず、彼が思いつきのように始める無謀な行動によりこの数日間で仲間は半分に減った。
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