図書館戦争アナザー

□純一無雑のハニー・トラップ
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夕方になって、実家に顔を出しに行くと小牧は部屋を出て行った。

せっかくの連休初日だ。
外食がてら映画でも見るか、とジャージを脱ぎ捨て外行き用の服に着替える。

玄関で靴を履き替えていると、扉の外に立っている男と目があった。
男が会釈してきたので堂上も軽く頭を下げる。

筋肉ばった腕は戦闘職種のそれだったが、堂上の知る限り関東図書隊の防衛員ではない。
でもその顔には見覚えがあった。
他基地の隊員か?

声を掛けようと口を開いたその時

「壮ちゃん!!」

堂上の横を人影が通り過ぎ男に抱きついた。
壮ちゃん。男をそう呼んだ声の主に堂上は出かかった言葉を引っ込める。

「奈緒、ほら挨拶。先輩だろ?」
「え?あっ」

苦笑した男が視線で堂上の存在を告げると奈緒は慌てて敬礼した。

「お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ。…そちらは?」

彼氏です。などと言われたら。
息が苦しくなった。
それに気付いて自分を叱咤する。

うーん、と考えこむ奈緒の代わりに男が答えた。

「橘です。奈緒の兄のようなものだと思ってください」
「失礼しました、上官の堂上です」

ホッとしている自分にイラつきながら精一杯平静を装って自己紹介する。

「…ところで」

橘が紙袋を奈緒に押し付ける。
中身を知ってか奈緒は明らかに不満顔だ。

「フクさんから預かってきた。五分あげるから着替えてきな」
「えー…めんどくさい」
「それで外歩いてたらただのヤンキーだよ。その格好じゃ飯もろくなとこ行けないだろ。兄ちゃんに恥かかせるのか?」
「なんか壮ちゃんいうことがジジイに似てきた…」

紙袋を受け取り奈緒は二階の自室に戻るため階段を登った。
その背中を完全に見送った後でやれやれと橘がため息をつくと、堂上に向いて苦笑する。

「いつもこうなんですよ。大学にもジャージで通ってたくらいで」

そういえば寮で見かける時もいつもスエットだな、と堂上も苦笑いで返す。

「堂上さんは上官ですからあの子の境遇についてはご存知でしょうが、こういった職につくこと俺は反対してたんです。せっかく普通の女の子として生活できるようになったのに、なんでわざわざそれを自分から手放すようなことするんだ、って」
「それは…っ」

抗弁しようとして言葉を詰まらせた。

たかが上官の俺がここでなにを言える。


「でももう認めてあげなきゃダメかな、って。全部ひっくるめてあの子の個性なんですよね。だから今日はお祝いしにきたんです。女子で全国初タスクフォース入り」

言いながら橘が掲げたのは有名なミリタリーブーツブランドのロゴが入った袋だ。
キチンと包装されているところをみると奈緒へのプレゼント用だろう。
そういえば以前奈緒が自分サイズのブーツがなかなか見つからないと漏らしていたことを思い出す。

「でもあの格好で外ほっつき歩くのだけは認められない」
「…それは俺からも注意しておきます」

同時に吹いたところで着替えを終えた奈緒が戻ってきた。
黒のパンツにオフホワイトのパフスリーブシャツ、それにレースのジレを合わせた奈緒は堂上の目に普段より華奢に映った。

よくこれで大の男や熊を殴り飛ばせるもんだ。
…熊はダミーだが。

「堂上さん、この後予定ありますか?」
「いえ、特にこれといって」
「良かったらご一緒しませんか?」
「…は?」
「普段の奈緒の様子も聞きたいですし。その顔はいけるくちだ。近くに友人が経営してるレストランバーがあるんです。友人割引で安くあがるし、どうですか?」

予定はないと言ってしまった後では断りづらい。
聞かれた時点で適当に理由を作れば良かったとおもっても後の祭りだ。



「じゃあ橘さんが御堂を保護した自衛官だったんですか」

合点がいった。
橘の顔に見覚えがあったのは空港で記者たちから奈緒をかばっていた橘をニュースで見たいたからだ。


「そうそう、それで奈緒が稲嶺さんに引き取られてから愚痴とかいろいろ聞いてるうちに、いつの間にかお兄ちゃん。またこれが口の悪い妹でいつも稲嶺さんにこのクソジジイ!て反発しててさ」
「クソ…お前な、司令に向かって」
「教官だってクソ親父くらい言ったことあるでしょ。それと同じです。今だって誰彼構わず貴様ぁ!て怒鳴り散らすじゃないですか」
「お前は女だろうが!」
「うわぁー、男尊女卑。これだから日本男児は。お掃除ロボットって日本人が開発できなかったのわかる。教官みたいな人が女は家で家事してろみたいなふざけたこと言っちゃうからですよ」
「話をすり替えるな!」

堂上さんがいるから送らなくて大丈夫だね。
そう言って手を振った橘と駅で別れた時には寮の門限ギリギリになっていた。

「美味しかったー」
「ああ、小牧も好きそうな雰囲気だな、あれは。今度休みに誘ってみるか」

橘の知り合いの店は友人割引でなくとも通常価格で充分良心的で、つまみ類の種類も和から洋まで豊富に取り揃えている。
そしてそれがどれも美味いときたら、当初のお一人様を満喫する計画は狂ったが大満足だった。

「ほんと仲良しですね」

そう言って笑う奈緒の仕草がどれも可愛いと感じてしまうのは少し酒に酔ってるせいか。

ロミオの恋人がシンデレラっていうのも俺はありだと思うけど?

不意に小牧の言葉を思い出す。

「ロミオの恋人がシンデレラだったらお前はどう思う」

意味不明な問いが勝手に口から飛び出た。奈緒はきょとんとしている。
当然だ。

「びっくりします」
「そうだな、当たり前だ。帰るぞ」

仏頂面をわざとつくり早足になる。ああいうセリフをあけすけに口に出せる小牧の性格が今は羨ましい。

「でも、どんな物語になるのか先が見えないぶんワクワクします。白雪姫が選ぶのが小人の中のだれかだったりなんかしたらもうサイコー!」

小走りで追いついた奈緒がその勢いのまま堂上の腕に絡みつく。
橘といる時のテンションをまだ引きずっているのだろう。
一つ一つの言動が普段より幼い。
必然的に肘に胸が当たる形になる。
27の健全な男子にその仕打ちは拷問に等しかった。
隊内では朴念仁と揶揄される堂上にもそれは同じことである。
それでもその腕を振り払わなかったのは、

「堂上教官、コンビニ寄ってビール買いましょうよ、ビール!」
「この上まだ呑む気か!?」

堂上もそうしていたいと思ったからだ。
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