図書館戦争アナザー
□揺れるシグナル
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市街哨戒中に良化特務機関のバンを発見して脊髄反射で単独検閲現場に突入した笠原に置いてきぼりを食らったという玄田を途中で回収し、堂上、小牧、玄田、奈緒の四人はショッピングモールの階段を一足飛びで駆け上がる。
「いつかやると思ってたよ、俺。あの子はさ」
走りながら吹き出す小牧を、笑い事じゃない、と堂上が一喝したので奈緒は心の中で小牧に同意した。
年齢的な体力差からか少し遅れてついてくる玄田のいつになく厳しい顔を見て、奈緒は口元を緩める。
三等図書監である玄田は奈緒の知る限りで身近で1番階級の高い教官だ。
「なんにせよ玄田教官に放置プレイかますとは流石笠原ですね」
そう漏らすと小牧は先程の三倍の勢いで吹き出し、堂上は走りながら器用に奈緒の頭を叩いた。
「こちらは関東図書隊よ!そこの本は図書館法第三十条に基づく資料収集権と、一等図書士の執行権限を以て、図書館法施行令に定めるところの見計らい図書とすることを宣言します!」
書店のある七階についた所で笠原の決め台詞、と思っているのは笠原本人だけだったが、がフロア全体に響き渡る。
「あんの、バカ…ッ!」
間違いだらけの笠原の宣言に顔を手で覆った堂上が書店に飛び込んだ。
見計らい図書の権限は図書正以上に与えられる特別権限であり、一等図書士の身分である笠原は当然のことながらそれを振りかざす権利を持ち合わせていない。
良化隊員にもその点を指摘され窮地に陥った笠原を堂上の宣言が救った。
「遅れたが、二等図書正二名に三等図書監一名だ。不足あるまい」
笠原と同じ一等図書士の奈緒がここで名乗りを上げた所で何の意味もなさないため、堂上の宣言の直前に良化隊員に突き飛ばされてバランスを崩した笠原の身体を支える。
「…御堂」
涙目の笠原の肩を抱いて、反対の手でよしよしと頭を撫でてやった。
「笠原、デカ過ぎ」
身長差20センチでその体勢はいささか無理があり、奈緒が吹き出すとあたしの感動を返せ!と噛みつかれる。
特務機関の隊長は吐き捨てるように舌打ちをして、良化隊員たちは本を置いて去っていった。
「アホか貴様ぁ!」
お決まりの怒声から始まった堂上のお説教に小牧と奈緒は顔を見合わせて吹いた。
「今のは勝ったでしょ」
「完全勝利です。最近バリエーションが増えて負けが混んでたからラッキーですね」
身をすくめる笠原の横でひそひそと1人博打の結果を小牧と語り合っていると堂上にじろりと睨まれ奈緒は姿勢をただす。
話しを聞いていると、笠原は絵本を取り上げられて良化隊員に必死の抵抗をしていた子供を助けようとしたらしかった。その本が好きだというその子の気持ちを守りたかったのだ、と。
「間違ったことをしたとはおもってません!」
言い切った笠原を見て、奈緒はあぁ、やっぱり笠原には叶わないな、と思った。
もしその場にいたのが自分だったら、笠原のようになりふり構わず良化特務機関に喧嘩をふっかけるような真似ができるだろうかと考えて、かぶりを振る。
答えはもちろんノーだった。
「その本、あの子に返してこい」
そう言って堂上が顎で示したのは事の発端となった絵本だ。
「いいんですか!?」
堂上が行って来い、と手を振ると笠原は嬉しそうに売り場へと飛び出して行く。
脱力した堂上の肩に手を置き、小牧がお疲れ、と囁いた。
怒られる方もしんどいが、怒る方もそれはそれで目に見えない苦労があるのだろう。
苦笑してバックヤードのカーテンに手を掛けた奈緒がふと思い当たり疲れ顔の教官たちに振り向く。
「なんか…堂上教官って笠原の王子様に似てますよね」
登場するタイミングが正義のヒーローぽいとことか、と言い添えてから奈緒もまた笠原を追って売り場へと消える。
「…どーうじょう?」
明らかにからかいを含んだ口調で自分を呼ぶ小牧に堂上はなんだ!と声を荒げた。
小牧の横で玄田もバカ笑いしているがそっちはどうにもならないので玄田の存在そのものを無視するよう脳に命令する。
「いや、王子様が選ぶのはどっちのお姫様なのかな、と思って」
「どっちもなにもないわ!そんな事はその王子様とやらに聞け!!」
必要以上に大きな声で噛みつく堂上に小牧はくつくつと笑う。
「まぁ、あれはあれで例の話決まりだな」
せっかくその存在を打ち消した筈の玄田が思いきり背中を叩いてきて抗議の視線を送ると、玄田は口の端をあげて笑う。その粗雑な行動と言葉の意味に堂上は眉間の皺を濃くしてため息をついた。